小金井市「江戸東京たてもの園」に出かけてきた。我がささやかな黄金週間なり。




1998蟷エ5譛3譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

May 0351998

 青葉がちに見ゆる小村の幟かな

                           夏目漱石

葉の山道にあって、作者は遠くにある小さな村を眺めている。青葉のかげから風にはためく幟も見えて、気分爽快だ。一目瞭然の句。……と言いたいところなのだが、実は私たち現代人にとっては厄介至極な句なのである。厄介なのは、この「幟」の正体がわからないことだ。私たちは単純に「鯉幟」と読んで、青葉とのコントラストを思い浮かべてしまうが、漱石がこの句を詠んだ明治期では「幟」は「鯉幟」とは限らなかった。東京あたりでは、子規が「定紋を染め鐘馗を画きたる幟は吾等のかすかなる記憶に残りて、今は最も俗なる鯉幟のみ風の空に翻りぬ」と嘆いたように「鯉幟」が風靡していたようだが、さあ句のような山間の小村となると、どちらだかわからない。たとえ今この句の舞台である小村がわかったとしても、幟の姿は永遠にわからないわけだ。が、とりあえず、明治以前の俳句や文物での「幟」を単純に「鯉幟」とイメージしないほうがよさそうである。『漱石俳句集』(岩波文庫)所収。(清水哲男)


May 0251998

 旅にて今日八十八夜と言はれけり

                           及川 貞

春から数えて八十八日目が「八十八夜」。今年は今日にあたる。ちなみに「二百十日」も立春から起算した日だ。農事暦の定番みたいな日だが、とくに「八十八夜」でなければならないという農事はない。「八十八」という縁起の良い末広がりの数字から、そろそろ仕事に本腰を入れなければ……という農民の気合いが込められている日と解釈すべきだろう。都会人である作者は、旅先で今日の「八十八夜」を土地の人に知らされ、情趣を感じると同時に、どこかで少しだけ後ろめたい気分にもなっている。この季節に、多忙な農村をいわば遊びで訪れている自分を、ちょっと恥じているのだ。「言はれけり」という強い表現は、そのような苦さを言っているのだと思う。時、まさにゴールデン・ウィーク、それこそ今日あたり、日本のどこかでは「言はれけり」と認めている人がいるかもしれない。(清水哲男)


May 0151998

 春風の日本に源氏物語

                           京極杞陽

集では、もう一句の「秋風の日本に平家物語」とセットで読ませるようになっている。どこか人をクッたような中身であり構成であるが、作られた年代が1954年であることを知ると、むしろ社会の流れに抗議する悲痛な魂の叫びであることがわかる。戦後も、まだ九年。私は高校二年生だった。何でもかでも「アメリカさん」でなくては夜も日も明けないような時代で、日本の古典なんぞは、まず真面目に読む気にはなれないというのが、多くの庶民の正直な気持ちだったろう。事実、たしかに私は高校で『源氏物語』を習った記憶はあるけれど、そんなものよりも英語が大事という雰囲気が圧倒的だった。だからこそ、逆にそんな風潮を苦々しく思っていた人もいたはずである。作者は一見ノンシャラン風に詠んでみせてはいるのだが、この句に「我が意を得た」人が確実に存在したことは間違いないと思われる。「反米愛国」は、かつての日本共産党のスローガンだけではなかったということだ。『但馬住』(1961)所収。(清水哲男)




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