May 221998
初松魚燈が入りて胸しづまりぬ
草間時彦
都会の人が初松魚(はつがつお)に出会うのは、たいていが小料理屋か酒場だろう。この季節、どこの店に寄っても、天下を取ったように「初松魚(初鰹)」の文字が品書きに踊っている。私などもその一人だが、さしたる好物でもないのに、つい注文してしまったりする客は多い。初物の魔力だ。ところで、作者は顔馴染みか常連のよしみで、開店前の酒場に入れてもらったのである。鰹が入ったという店主のすすめに注文したまではよかったが、まだ入口に燈の入っていない店内というものは、どうも落ち着かない。このあたり、酒飲みの人にはよくわかるだろうが、いつもとは違う肴を前にすればなおさらに落ち着かない気分である。そうこうするうちに、やっと表に燈が点った。やれやれ、という心持ちの句。間もなくだんだんと、見知った顔も入ってくるだろう。そして、みんなが「初松魚」に一瞬顔を輝かせるだろう。(清水哲男)
May 132000
目には青葉尾張きしめん鰹だし
三宅やよい
思わず破顔した読者も多いだろう。もちろん「目には青葉山時鳥初鰹」(山口素堂)のもじりだ。たしかに、尾張の名物は「きしめん」に「鰹だし」。もっと他にもあるのだろうが、土地に馴染みのない私には浮かんでこない。編集者だったころ、有名な「花かつを」メーカーを取材したことがある。大勢のおばさんたちが機械で削られた「かつを」を、手作業で小売り用の袋に詰めていた。立つたびに、踏んづけていた。その部屋の写真撮影だけ、断られた。いまは、全工程がオートメーション化しているはずだ。この句の面白さは「きしめん」で胸を張り、「鰹だし」でちょっと引いている感じのするところ。そこに「だし」の味が利いている。こういう句を読むにつけ、東京(江戸)には名物がないなと痛感する。お土産にも困る。まさか「火事と喧嘩」を持っていくわけにもいかない。で、素直にギブ・アップしておけばよいものを、なかには悔し紛れに、こんな啖呵を切る奴までいるのだから困ったものだ。「津國の何五両せんさくら鯛」(宝井其角)。「津國(つのくに)」の「さくら鯛」が五両もするなんぞはちゃんちゃらおかしい。ケッ、そんなもの江戸っ子が食ってられるかよ。と、威勢だけはよいのだけれど、食いたい一心がハナからバレている。SIGH……。『玩具帳』(2000)所収。(清水哲男)
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