ヒ木榮子句

May 3151998

 海南風時給八百六拾円

                           桐木榮子

からの湿った南風が吹いてくるアルバイト先。この蒸し暑さに耐えながらの忙しい仕事で、時給が八百六拾円だとは……。ともすると不機嫌になりそうな気持ちを取り直しつつ、今日も働く……。そんな心境の句だろう。海南風は、そのまま「かいなんぷう」と読む。西日本では「まじ」や「まぜ」とも呼ぶらしい。ところで、この句には作者による自註的短文が添えられているので、引用しておく。これを読むと、作者が自分のことを詠んだのではないことがわかるが、一般的には、以上の解釈のほうがノーマルだろう。「此の夏、大洗海岸のファーストフード店で、目撃した光景が一句になった。昼時の店内は既に満員だと云うのに、レジの前には行列が出来て、何となく殺気が漂っていた。レジ係の若い女性は、喧騒の中で老人客の注文する声が聞き取れずに幾度となく聞き返した。『おめえ! 頓痴気じゃねえのか』と老人客に罵られた刹那、店内は一瞬静まり返った。レジ係は透かさず注文を尋ね返し今度は了解した。上気した女性の顔が、私の心を打った」。俳誌「船団」(35号・1997)所載。(清水哲男)




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