June 191998
あひみての後の日傘をひるがへす
中尾杏子
傑作だと思う。情景としては、人と会った後で別れ際にさっと日傘をひるがえしたという女性の仕種を詠んでいる。これだけでも十分に華麗な身のこなしが伝わってくるが、それだけではない。百人一首でおなじみの「逢見ての後の心にくらぶれば昔は物を思はざりけり」(権中納言敦忠)の「あひみての」を踏んでいて、この言葉は会っていた相手と自分との関係を示唆している。すなわち「あひみる」は、たとえば『徒然草』に「男女の情けも、ひとへにあひみるをばいふものかは」とあるように、事は「男女の情け(男女の契り)」に関わっているのであり、ここを踏まえて読むと、句は日傘をひるがえす女の心理にまで到達していることがわかる。別れがたいところを、日傘をひるがえすことにより相手との関係を断ち切った……。そんな心理が魅力的に描かれている。作者には他に「惜春の真赤な卓に身を溶かす」などがある。この句もまた情意に満ちていて、凡手ではないことをうかがわせる。情景へのアクセスが素早く、しかも人間的に極めて美しいアクセス・アングルだ。「俳句文芸」(1998年6月号)所載。(清水哲男)
『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます
|