October 011998
十月のてのひらうすく水掬ふ
岸田稚魚
秋の冷え込みを、多くの人はどんな場面で実感するのだろうか。それは人さまざま、場面さまざまであろうけれども、この句のようなシーン、たとえば朝の洗顔時に感じる人が圧倒的に多いのではなかろうか。夏の間は無造作にジャブジャブと掬(すく)っていた水なのだが、秋が深まるにつれて、「てのひらうすく」掬うようになるのである。水に手を入れるのに、ほんのちょっとした「勇気」が必要になってくる。新暦の十月という月は、四季的に言うとそんなにきっぱりと寒くもなくて、まだ中途半端な感じではあるのだが、少しずつ来たるべき冬の気配も感じられるようになるわけでもあり、そこらあたりの微妙な雰囲気をまことに巧みにとらえた佳句だと思う。いろいろな句集や歳時記を開いてみたのだが、季語「十月」で万人を納得させるような作品は、予想どおりに少なかった。今回私の調べた範囲で、この句に対抗できる必然性を持つ句は、坂本蒼郷の「僕らの十月花嫁を見つツルハシ振る」という気持ちよく、少し苦い心で労働する人の句くらいであった。「十月」をちゃんと詠むのは、相手がちゃんとしていないだけに相当に難しい。(清水哲男)
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