祝日本一、横浜ベイスターズ。選手もファンも、マナーのよさでも日本一だった。




1998ソスN10ソスソス26ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

October 26101998

 秋風や模様のちがふ皿二つ

                           原 石鼎

壇では、つとに名句として知られている。どこが名句なのか。まずは、次の長い前書が作句時(大正三年・1914)の作者の置かれた生活環境を物語る。「父母のあたゝかきふところにさへ入ることをせぬ放浪の子は伯州米子に去つて仮の宿りをなす」。文芸を志すとは、父母を裏切ること。そんな時代風潮のなかで、決然と文芸に身を投じた作者への喝采が一つの根拠だろう。ちなみに、石鼎は医家の生まれだ。第二の根拠は、二枚の皿だけで貧苦を表現した簡潔性である。模様の違う皿が意味するのは、同じ模様の小皿や大皿をセットで買えない貧窮生活だ。しかも、この二枚しか皿を持たないこともうかがえる。そして第三は、皿の冷たさと秋風のそれとの照応の見事さである。詠まれているのは、あくまでも現実的具体的な皿であり秋風であるのだが、この照応性において、秋風のなかの二枚の皿は、宙にでも浮かんでいるような抽象性を獲得している。すなわち、ここで長たらしい前書は消えてしまい、秋風と皿が冷たく響き合う世界だけが、読者を呑み込み魅了するのである。この句には飽きたことがない。名句と言うに間違いはない。『定本石鼎句集』(1968)所収。(清水哲男)


October 25101998

 梨園の番犬梨を丸齧り

                           平畑静塔

をもぐ季節としてはいささか遅すぎるが、犬が梨を食べるとは知らなかったので、あわてての掲載だ。三鷹図書館から借りてきた『自選自解・平畑静塔句集』(白鳳社・1985)で、発見した。さっそく、作者に語ってもらおう。舞台は、宇都宮南部の梨園である。「……この梨園の出口に一頭の大犬が括られて番犬の用をさせられている。裏口からもぐり込むのを防ぐのだが、めったに吠えない。私たち初見のものも、人相風体がよいのか、吠えようとしないで近づくので、手にした梨を一つ地に置くと、番犬はしめたとばかりにかじりついて、丸ごと梨を食べてしまったのである。お見事と云うよりほかに言葉なしに感に入ったのである」。犬に梨園の番をさせるというのも初耳だが、梨を好む犬がいるとは、ついぞ聞いたことがない。梨園の番をしているうちに、好きになってしまったのだろうか。もっとも、私は犬を飼った経験がないので、単に知識が不足しているだけなのかもしれないのだけれど……。ところで「なしえん」と読まずに「りえん」と読む梨園(歌舞伎界)もある。作者の自解がなかったら、こちらの梨園と解釈するところだった。あぶない、あぶない。『漁歌』(1981)所収。(清水哲男)


October 24101998

 落花生みのりすくなく土ふるふ

                           百合山羽公

姓の、このみじめさをわかる人が、いまのこの国に何人くらいいるだろうか。とても百万人以上は、いそうもないような気がする。が、わからなくても、わからない人の責任ではない。地中で実を結ぶ植物であることを知らない人も多くなってきたが、その人たちの認識不足と責めるわけにもいかない。日本の農業は、もうとっくの昔に「知られざる産業」になっているからだ。落花生はかつて、肥沃でない土地でも育つ代表的な豆科の植物として有名だった。砂地みたいなところでも、元気に育った。にもかかわらず、何かの拍子でこういうことになったりする。引っこ抜くとスカスカな感じの鞘(さや)が現われて、土をふるう手に元気がなくなるのも当然だ。昔の農家での落花生栽培は、たいていが現金収入を得るための方策だったから、気持ちも萎えるわけである。このページをはじめてから、歳時記を開かない日はないが、このような句の将来を思うと、暗澹たる気分になってくる。四季に生起する自然現象に依拠した構成の歳時記も、やがてはなくなってしまうのではあるまいか。最近、ヤケに人事句が流行しているのも、その兆しだろう。ならば、当サイトでは「最後のクラシカルな歳時記」を目指そうか。……などと、時々肩に力が入り過ぎるので、ハンセイはしています。(清水哲男)




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