April 071999
春泥にテレホンカード落しけり
神谷博子
伊藤園「おーいお茶」新俳句大賞作(一般の部B・40歳以上65歳未満・応募総数六八九八九句・1998)。茶と俳句というと古風なイメージに写りやすいが、この俳句コンクールは「思ったことを季語や定型にこだわることなく、五七五のリズムにのせて詠めばよい」という至極自由な条件から、若者にも人気を博している。そういうわけで、この句も技巧的な上手下手とは関係のないところでの入賞だ。なによりも、素材の現代性が評価されたのだろう。入選作を集めた冊子「自由語り」に、作者の弁が掲載されている。「買い物の途中、ちょっと家に電話しようと思った時、テレホンカードを、足元の泥水の中に落してしまいました。アスファルトばかりの現代で、ぬかるみこそ見かけなくなりましたが、汚れたカードを拾おうとしながら、ふと『これも春泥(しゅんでい)かな』と思いました」。面白い着眼だと思う。要するに、雨上がりか何かで汚れた鋪道のちょっとした泥水に「春泥」を感じたというわけだ。うーむ、なるほど……。でも、残念なことに、作者のこの微妙な感覚を句は一切伝えていない。選者たちも、本物の「ぬかるみ」と受け取っている。私としては、作者の弁そのものが作品化されていたら、どんなに素敵だったろうかと思い、あらためて句作りの難しさを考えさせられた。(清水哲男)
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