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April 1241999

 父を呼ぶコーヒの時間春の宵

                           小山白楢

れた句というのではないが、時代の証言としては微笑ましい作品だ。この句は、新潮社が1951年に発刊した『俳諧歳時記』に載っており、となれば、この茶の間の光景は戦後すぐのものだろう。もとよりインスタント・コーヒーなどなかったころだから、とても貴重なコーヒーというわけで、一家で大事にして飲んでいた雰囲気も表現されている。飲む時間は、一家が揃ってくつろげる時、すなわち宵の刻であった。当時は、夜間にコーヒーを飲むと寝られなくなるということがしきりに言われていた記憶もあるが、そんなことは構わずに、作者一家は宵のコーヒーを楽しみに団欒していたようだ。古い日本映画でも見ているような、そんな懐しさに誘われる。もっとも、我が家にはコーヒーどころか、満足な茶もなかったけれど……。なお、表記の「コーヒ」は誤りではない。作者は、おそらく関西の人ではないだろうか。いまでも関西の店に入ると、「コーヒー」ではなくて「コーヒ」とメニューにある店がある。関西弁の文脈に「コーヒー」を入れて発音すると、たしかに「コーヒ」となるから、こう表記しなければ正確さに欠ける。この類の相違は他にもいろいろあって、関西育ちの家人は「お豆腐」のことを「おとふ」と発音し、メモ的にはしばしば表記もする。(清水哲男)




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