昨夜は一時的に猛烈な雨と雷。パソコンでの原稿書きは一字ごとにSAVEするほど。




1999ソスN8ソスソス30ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

August 3081999

 秋灯の交し合ひたる閾かな

                           上野 泰

鹿みたい。次の間との襖が開けっぱなしになっていて、こちらの部屋と次の間とに灯されている電灯の光が、閾(しきい)の上で交差しているというのだ。「秋灯」ならずとも、いつでもこうした現象は見られるわけで、珍しくも何ともない。「秋灯」だから多少の情緒があるにしても、わざわざ表現するほどのことでもあるまいに。私の言葉で言えば、「それがどうした句」の最右翼に分類できる。いい年の大人が、こんなことを面白がって、どういうつもりなのか。と、ほとんどの読者もそう思うに違いない。俳句だから、こういう馬鹿が許されるのだ。ついでに言えば、虚子門だからとも……。なあんて酷評しながらも、最近はこうした「馬鹿みたい」な句に魅かれてしまう。才気溢れる句も好きではあるが、すぐに飽きてしまう。こういうことを言うと、「年齢(とし)のせいだ」と反応されそうだが、正直に言って「年齢のせいだ」と丸くおさめる気にはなれない。「年齢のせいだ」という理屈は、それこそ馬鹿みたいな屁理屈なのであって、とりわけて高齢者が溺れてはいけない言葉の一つだと思う。この句を得たときに、きっと作者も「馬鹿みたい」と感じただろう。あえてそんな「馬鹿」を表現する姿勢に、いまの私は魅力を覚える。『佐介』(1950)所収。(清水哲男)


August 2981999

 下駄履いてすずしき河岸の往還り

                           尾村馬人

ういう句を読むと、いいなあ、と溜息が出る。河岸(かし)というのは魚河岸(うおがし)のことで、現在は築地にあるが、昭和の初め迄は江戸時代以来の日本橋にあった。作者の馬人は、明治42年生まれ。日本橋魚河岸問屋「尾久」の三男。久保田万太郎の「春泥」(今の「春燈」にあらず)に投句と、『現代秀句選集』(別冊「俳句」・平成10年刊)にある。魚河岸の人なのに、馬人とはこれいかに。何かいわれがあるのだろうか。万太郎門下には、このタイプの人が多い。近くは、鈴木真砂女さんがそうである。いずれも市世の生活を大事にして、日頃の生計(たつき)にいそしむ。そして、この生き方が句に生気を与え、日常句に気品を与える基となっているのである。季語は「すずし」で、夏。「往還り」は「ゆきかえり」。(井川博年)


August 2881999

 駅弁にはららご飯の加はりぬ

                           伊藤玉枝

繁に旅をしている人だろうか。それとも、駅弁を売っている人なのか。季節によって、駅弁の種類も変化する。新しいメニューに、今日から「はららご飯」が登場した。いよいよ秋だなあ、という感慨。北海道の読者ならご存知だろうが、「はららご飯」は「はらら・ごはん」ではなく、「はららご・めし」と読む。「はららご」には「腹子」という漢字をあて、主として鮭(さけ)の卵のことを言う。塩漬けにして食べるのが一般的か。この駅弁を食べたことはないけれど、いつか機会を得たいと思う。東京のデパートでよく開かれる「北海道名産市」あたりに出るのかもしれない。話は飛ぶが、はじめてヨーロッパで汽車の旅(パリからアムステルダムまで)をしたときに、列車環境はすこぶる快適だったのに、何か物足らない気もした。駅弁がなかったせいだ。まさか「はららご飯」があるなどとは思わなかったけれど、停車する駅ごとにきょろきょろと見回してみても、駅弁に代わりうる食べ物は売っていない。腹にたまりそうなものといえば、バナナくらいだった。せめて飛行機の機内食程度のものを売ってもよさそうなのに……。素早く作って素早く売り捌くという発想が、性に合わないのかもしれない。(清水哲男)




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