譁謖溷、ォ菴先オ縺ョ句

November 10111999

 七十や釣瓶落しの離婚沙汰

                           文挟夫佐恵

齢者の離婚が増えてきたという。定年退職したとたんに、妻から言い出されて困惑する夫。そんな話が、雑誌などに出ている。誰にとってもまったくの他人事ではないけれど、句の場合は他人事だろう。ちょっと突き放した詠みぶりから、そのことがうかがえる。身近な友人知己に起きた話だろうか。若いカップルとは違って、高齢者の離婚は精神的なもつれの度合いが希薄だから、話は早い。井戸のなかにまっすぐ落下してゆく釣瓶のように、あっという間に離婚が成立してしまう。作者は、半ば呆れ半ば感心しながら、自身の七十歳という年令をあらためて感じているのだ。そういえば、事は「離婚沙汰」に限らず、年輪が事態を簡単に解決してしまう可能性の高さに驚いてもおり、他方では淋しくも思っている。最近必要があって、老人向けに書かれた本をまとめて読んだ。五十代くらいの著者だと、こうした心境にはとうてい思いがいたらないわけで、趣味を持てだの友人を作れだのという提言も、空しくも馬鹿げた物言いにしか写らなかった。なお、作者名は「ふばさみ・ふさえ」と読む。『時の彼方』(1997)所収。(清水哲男)


June 1662000

 六月の水辺にわれは水瓶座

                           文挟夫佐恵

の星座も「水瓶座」。嬉しくなってここに拾い上げてはみたものの、はて、なぜ「六月の水辺」なのか。肝心要のところが、よくわからない。六月は梅雨季ということもあり、たしかに水とは縁がある。が、句の情景は雨降りのそれではないだろう。むしろ、良い天気の感じだ。ならば、梅雨の晴れ間の清々しさを「水辺」に象徴させたのだろうか。陽光が煌めく水を見つめながら、ふと自分が水瓶座の生まれであったことを思い出した。そこで「水辺」に「水瓶」かと、その取り合わせにひとり微笑を浮かべている……。そんな思いを詠んだ句のような気がしてきたのだが、どんなものだろう。私の詩集に『水甕座の水』というのがあって、ときどき「どんな意味か」と聞かれる。聞かれると困って、いつも「うーん」と言ってきた。正直言って、なんとなくつけたタイトルなのだ(同名の詩編はない)。この詩集について、飯島耕一さんに「水浸しの詩集だ」と評されたことがあったけど、なるほど、言われてみるとあちこちに「水」が出てくる。企んだつもりはないのだが、結果的に「水浸し」になっていたのだった。もしかすると句の作者にも格別な作意はなく、自分のなかで、なんとなく「六月の水辺」との折り合いがついているのかもしれない。星座占いに関心はないが、「水瓶座」の生まれはなんとなく「水」に引き寄せられるのだろうか。他の星座生まれの方の見解を拝聴したい。「俳句研究年鑑」('95年版)所載。(清水哲男)


May 1552002

 夫恋へば吾に死ねよと青葉木菟

                           橋本多佳子

語は「青葉木菟(あおばずく)」で夏。野山に青葉が繁るころ、インドなど南の国から渡ってくるフクロウ科の鳥。夜間、ホーホー、ホーホーと二声で鳴く。都市近郊にも生息するので、どなたにも鳴き声はおなじみだろう。「夫(つま)」に先立たれた一人居の夜に淋しさが募り、亡き人を恋しく思い出していると、どこからか青葉木菟の鳴き声が聞こえてきた。その声は、さながら「死ねよ」と言っているように聞こえる。死ねば会えるのだ、と。青葉木菟の独特の声が、作者の寂寥感を一気に深めている。一読、惻隠の情止みがたし……。かと思うと、同じ青葉木菟の鳴き声でも、こんなふうに聞いた人もいる。「青葉木菟おのれ恃めと夜の高処」(文挟夫佐恵)。「恃め」は「たのめ」、「高処」は「たかど」。ともすればくじけそうになる弱き心を、この句では青葉木菟が激励してくれていると聞こえている。自分を信じて前進あるのみですぞ、と。すなわち、掲句とは正反対に聞こえている。またこれら二句の心情の中間くらいにあるのが、「病むも独り癒ゆるも独り青葉木菟」(中嶋秀子)だ。夜鳴く鳥ゆえに人の孤独感と結びつくわけだが、受け止め方にはかくのごとくにバリエーションがある。ちなみに青葉木菟が季語として使用されはじめたのは、昭和初期からだという。近代的な憂愁の心情に、よく呼応する鳴き声だからだろうか。『新日本大歳時記・夏』(2000・講談社)所載。(清水哲男)


January 1812003

 人間の眼もていどめる二羽や闘鶏図

                           文挟夫佐恵

布袋見闘鶏図
語は「闘鶏(とうけい)」で春。平安期の宮中で、春先、盛んに行われたことから。「鶏合(とりあわせ)」とも。句は、闘鶏そのものではなく、その様子が描かれた絵を見て詠んだわけだが、なるほどと膝を打った。誰が描いた「闘鶏図」かは知らねども、闘う鶏の「眼」が「人間(ひと)の眼」をしているというのはうなずける。一見客観写生に見えて、しかし絵もまた鶏を擬人化して描いているのだ。闘う鶏本来の「眼」をそのままに描くと、闘う様子に迫力が出ない。どうしても鶏に、人間の闘う眼を持たせないと、絵が説得力に欠けてしまうからである。このことを見抜いた作者の「眼」が、素晴らしい。私などはいつもぼんやり見ているだけだから、思いもしないできた発想だ。この句を知った以上、今後は闘鶏図にかぎらず、動物の絵の「眼」に関心を持たざるを得ないだろう。たとえば鹿の絵の柔和な眼も、狼の絵の射すくめるような眼も、ほとんどが実は「人間の眼」ではないのだろうか。美術全集でも開きたくなってきた。ところで闘鶏図といえば、宮本武蔵の山水画『布袋見闘鶏図』が有名だ。図版が小さすぎて、鶏の眼が描かれているとしても見えないのは残念だけれど、掲句を読んだおかげで、眼のありようが想像できて楽しい。ただし、この構図は武蔵のオリジナルではなく、伝・海北友松(安土桃山期の画家)の同名の絵とそっくりである。両者をしかと見比べた人の話では、武蔵の鶏は闘う姿勢にはなく、なんだか仲良く遊んでいるように見えるそうだ。となると、武蔵は鶏に「人間の眼」を持たせなかったのかもしれない。あるいは、単に下手くそだったのかも……。「俳句研究」(2003年2月号)所載。(清水哲男)


June 1962003

 二卵性双生児三文安よさくらんぼ

                           文挟夫佐恵

語は「さくらんぼ」で夏。ところで「二卵性双生児」を、作者はどう読んでほしいと思っているのでしょう。そのまんま「にらんせいそうせいじ」でも構わないわけですが、かなりの字余りになりますね。初見のとき、振仮名が小さくて読めず、後にレンズでよくよく見てみたら「にぬふたり」とありました。なあるほど、この字の読ませ方からして面白い。たしかに二卵性の場合は、言われてみないとわからない人もいますね。作者自身が双生児なのか、あるいは子供がそうなのか。いずれにしても、近しい存在の双生児のことを詠んでいます。でないと「二束三文」の措辞が、いささかの自嘲であることから逸脱してしまいます。私は双生児ではないのでわかりませんが、双生児や親の気持ちとしては、よく似ていることが一種のいわば誇らしさに通じるのでしょうか。それこそ「さくらんぼ」が似ていないと、つまり粒ぞろいでないと「二束三文」に値打ちが落ちてしまうように……。私には、似てないほうがお互いに間違われなくてよいとしか思えませんが、そうでもないと掲句は言っています。きっと、私などには理解不能な理屈を越えた何かがあるのでしょう。実は「さくらんぼ」を食べながら、私はいまキーボードを打っています。これだけ粒をそろえるためには、生産農家は大変でしょうね。二卵性の子供を産み育てるのだって大変だ。それが二束三文だなんて、この自嘲にはついていけそうもありません。『天上希求』(1981)所収。(清水哲男)


May 1652005

 白靴の埃停年前方より来

                           文挟夫佐恵

語は「白靴(しろぐつ)」で夏。「前方」には「まへ」のルビあり。私は停年を経験していないが、わかるような気がする。一日働いて帰宅し靴を脱ぐときに、うっすらと埃(ほこり)がついているのに気がついた。白靴だからさして目立たないとは思うけれど、その埃を言うことで、日中働いてきた作者の充実感と、伴ってのいささかの疲労感を象徴させているのだろう。そんな日々のなか、だんだん停年退職の日が近づいている。ついこの間までは、まだまだ先のことだと思えていたのが、最近ではどんどん迫ってくる感じになってきた。停年の日に向かってこちらが歩いていっているつもりが、なんと停年のほうからも自分に歩み寄ってくる。それも「前方より」というのだから、有無を言わせぬ勢いで近づいてくるのだ。玄関先でのほんの一瞬の動作から、呵責ない時の切迫感を詠んだ腕の冴え。あるいはまた、この白靴は自分のではなく、ご主人のものだとも解釈できるが、そうだとしても句の冴えは減じない。いま調べてみたら、掲句は作者五十代はじめの句集に収められていた。昔の停年は五十歳と早かったので、ううむ、どちらの靴かは微妙なところではある。『黄瀬』(1966)所収。(清水哲男)




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