November 131999
藁屋根に鶏鳴く柿の落葉かな
寺田寅彦
作者は物理学者、随筆家。漱石『三四郎』の登場人物・野々宮宗八のモデルとしても有名だ。さすがに科学者らしく、寅彦の句作姿勢は理論的であった。すなわち「俳句はカッテングの芸術であり、モンタージュの芸術である」と。森羅万象のなかから何を如何に切り取り、それを十七文字のなかに如何に巧みに配置するのか。そういう方法で成立する「芸術」だと言っている。俳句はロシアの映画監督・エイゼンシュテイン(『戦艦ポチョムキン』など)の映像技術に影響を与えたが、寅彦の理論とぴったり符合する。見られる句と同じように、他の寅彦作品でも、心情や感情を生で吐露したものはない。徹底的に「カッテング」と「モンタージュ」を繰り返しながら、自分なりの小宇宙を作り上げようとした。掲句も、きわめて映像的な趣を持っている。「鶏鳴」と「柿落葉」の取り合わせ。モンタージュ的にはいささか付き過ぎの感もあるけれど、往時の光景はよく見えてくる。ちなみに、作句は1900年の晩秋だ。前世紀末のこの国の日常的な光景のスナップである。とくに草深い田舎の光景ということではないだろう。『寺田寅彦全集』(1961・岩波書店)所収。(清水哲男)
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