昔の学友から突然詩集が送られてきた。五十歳から書き始めたという。何が彼を詩人にしたのか。




2000ソスN2ソスソス3ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

February 0322000

 わがこゑののこれる耳や福は内

                           飯田蛇笏

ぎれもない自分の声なのに、いつまでも耳について離れない。日常的にこういうことが起きてはたまらないが、たまさか大声を出したりすると、こういうことになる。ラジオの仕事でも、無理に声を作ったりした場合に、やはり「のこれる耳」を感じる。豆撒きから声の不思議を抽出した蛇笏の鋭さ、面白さ。作句時の心情を想像するに、下五を「福は内」にするか「鬼は外」で押さえようかと、一瞬迷っただろう。どちらでもそれなりに収まりはするけれど、ここは「のこれる」だから「内」を採ったのだと思う。神社などでの豆撒きイベントは盛んだが、家庭でのそれは廃れてきたような気がする。我が家でも、子供が小さかったころはともかく、いつの間にかやめてしまった。どうかすると、煎り豆すら用意しない年もある。近所からも、撒く声はとんと聞こえてこない。「悪鬼」という幻想が単純すぎて、複雑な時代にあわなくなってきたせいだろうか。ところで、今夜食べきれずに残った煎り豆を、そのままご飯に炊き込むと美味いという話を聞いた。料理評論家がラジオで言ったので、間違いはないと思いますが……。(清水哲男)


February 0222000

 セーターにもぐり出られぬかもしれぬ

                           池田澄子

い当たりますね、この感じ。私の場合は不器用なせいもあり、子供のころは特にこんなふうで、セーターを着るのが億劫だった。脱ぐときも、また一騒ぎ。セーターに頭を入れると、本能的に目を閉じる。真っ暗やみのなかで、一瞬もがくことになるから、余計にストレスを感じることになるのだろう。取るに足らないストレスかもしれないが、こうやって句を目の前に突きつけられてみると、人間の哀れさと滑稽さ加減が身にしみる。そこで思い出すのが、虚子の「死神を蹶る力無き蒲団かな」だ。「蹶る(ける)」は「蹴る」より調子の高い表現。当人は風邪を引いて(虚子は実によく二月に風邪を引く人だった)高熱を発しているので、うなされている。夢に死神が出てきて、そいつを必死に蹶とばそうともがくのだけれど、蒲団が重くて足がびくとも動かない。「助けてくれーっ」と、まるで金縛り状態である。この状態にもまた、思い当たる読者は多いと思う。でも、風邪の熱はいずれ治まる。悪夢も退散する。が、セーターのなかでの一瞬の「もがき」は、ついに治まることはない。「出られぬかもしれぬ」。何の因果か。『空の庭』(1988)所収。(清水哲男)


February 0122000

 或日あり或日ありつつ春を待つ

                           後藤夜半

半、晩年の一句。うっかりすると読み過ごしてしまうほどに地味だが、鋭い感性がなければできない句だ。「或日(あるひ)」とは、特筆すべき出来事など何もないような平凡な日の意だろう。「或日」のリフレインは、そうした日々を重ねている時間についての写生である。句の面白さは、そんな平々凡々としか言いようのない時間を過ごしているなかで、しかし、いつしか「春待つ」心が芽生えていることの不思議に気がついたところだ。「春よ、来い」などと大仰に歌っているわけではなくて、自分の心のなかに自然に春を待つ感情が湧いてきている。そのことに気づいたときの、じわりと滲み出てくるような嬉しさ。それがそのまま、読者の「春待つ」心に染み入ってくる。月並みな比喩で恐縮だが、燻し銀の魅力を思わせる句だ。そこにたまたま「今日の客娘盛りの冬籠」となれば、もはや言うことなしか。ただし、俳句の出来からすれば、掲句のほうが格段に上等であることは、読者諸兄姉がご明察のとおりである。今日から二月。明後日は節分。そして四日は、暦の上での「春」となる。遺句集『底紅』(1978)所収。(清水哲男)




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