東京大空襲の日。B29,800機による無差別爆撃。あの戦争で生き残ったのは偶然と言うしかない。




2000ソスN3ソスソス10ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

March 1032000

 天が下に春いくたびを洗ふ箸

                           沼尻巳津子

の訪れは、もちろん水の温んできた感触から知れるのだ。悠久の自然の摂理にしたがって、また春がめぐってきた。「天が下に」ちんまりと暮らしている人間にも、大自然の恩寵がとどけられた。そんな大きい時空間の移り行きのなかで、私は「いくたび」の春を迎えてきただろうか。小さな水仕事をしながら、ふと感慨が頭をよぎった。人の営みは小さいけれど、ここで作者はその小ささをこそ愛しているのだ。台所はしばしば俳句の題材に採り上げられるが、「天が下に」と大きく張って「洗ふ箸」と小さく収めたところが、作者の手柄である。水仕事だけではなくて、人間のすべてのちんまりとした営みを「天が下に」置いてみるという気持ちなのだろう。同じ作者の句に「一斉にもの食む春の夕まぐれ」の佳句があって、ここでも「天が下に」が意識されている。「全体」から「個」へ、はたまた「個」から「全体」へと。そうしたスケールの、絶妙な出し入れの才に秀でた俳人だと思う。『背守紋』(1988)所収。(清水哲男)


March 0932000

 春宵や食事のあとの消化剤

                           波多野爽波

つかくの春宵なるに、色気なきこと甚だしき振るまいなり。されど、かくまでの色気なき振るまいを材に、かくまでに妙な色気を点じ得たる爽波は、さながらに達人とも名人とも言うべけんや。なあんて、擬古文(?!)は難しいものですね。春宵の少しぼおっとしたような感覚が、よく伝わってきます。よほど、胃の弱い人だったのでしょうか。胃弱の文学者といえば、有名なのは漱石でしょう。しきりにタカジヤスターゼ(高峰譲吉がコウジカビから創製した酵素剤の商品名)を飲んでいた様子が、『吾輩は猫である』の苦沙弥先生の描写にうかがわれます。「彼は胃弱で皮膚の色が淡黄色を帯びて弾力のない不活発な徴候をあらわしている。そのくせに大飯を食う。大飯を食った後でタカジヤスターゼを飲む。飲んだ後で書物をひろげる。二、三ページ読むと眠くなる。涎を本の上へ垂らす。これが彼の毎夜繰り返す日課である。……」。先生の胃弱は終章にいたるまで言及されており、よほど漱石がこの持病に苦しめられていたことがわかります。ここでもう一度掲句に返ってみると、味わいはずいぶんと変わったものに感じられますね。爽波と漱石とは、もちろん何の関係もありません。春宵の過ごし方といっても、当たり前ながら人さまざまで、誰もがうっとりとしているわけではないのだと、作者はいささか不機嫌なのでしょう。『鋪道の花』(1956)所収。(清水哲男)


March 0832000

 大人だって大きくなりたい春大地

                           星野早苗

直に、おおらかな良い句だと思った。辻征夫(辻貨物船)の「満月や大人になってもついてくる」に似た心持ちの句だ。三つの「大」という字が入っている。もちろん、作者は視覚的な効果を計算している。辻の句とは違い、技巧の力が働いている。このとき「春大地」の「大」に無理があってはならないが、ごく自然にクリアーした感じに仕上がった。ホッ。だから、句の成り立ちからして、掲句は写生句ではありえない。頭の中の世界だ。その世界を、いかに外側の世界のように出して見せるのか。そのあたりの手品の巧拙が勝負の句で、「船団の会」(坪内稔典代表)メンバーの、とくに女性たちの得意とする分野と言ってよいだろう。が、このような句作姿勢には常に危険が伴うのだと思う。技巧と見せない技巧を使うことに執心するがために、中身がおろそかになる危険性がある。「おろそか」は、技巧の果てに作者も予期しない別世界が出現したときに、「これはこれで面白いね」と自己納得してしまう姿勢に属する。俳句は短い詩型だから、この種の危険性は、なにも「船団俳句」に特有のことではないのだけれど、最近「船団」の人の句をたくさん読んでいるなかで、ふと思ったことではある。『空のさえずる』(2000)所収。(清水哲男)




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