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March 2032000

 春一番来し顔なればまとまらず

                           伊藤白潮

春以降はじめて吹く強い南風が「春一番」。元来は、壱岐の漁師の言葉だったという。吹く風の勢いや方角に、並外れた神経を使って生活している人たちも、たくさんいるのだ。それが「春一番」ともなると、とてもキャンディーズの歌のように暢気にはなれない暮らし……。句の「まとまらず」は卓抜な表現だ。思わず、膝を打った。「ひどい風ですねえ」と入ってきた人。強い風のなかを歩いてきたので、髪は大いに乱れ、しかめっ面にして吐く息もいささか荒い。コンタクトを使っている人だったら、おまけに涙さえ流しているだろう。そんな人の顔つきを一瞬のうちに「まとまらず」と活写して、句が見事に「まとまっ」た。なるほど、人間の顔は時にまとまっていたり、まとまっていなかったりする。江戸っ子風に言うと「うめえもんだ」の一語に尽きる。こういう句に突き当たることがあるから、俳句読みは止められない。『今はじめる人のための俳句歳時記・春』(1997・角川mini文庫)所載。(清水哲男)


April 1242000

 次の樹へ吹き移りゆく杉花粉

                           右城暮石

戦後の一時期は、全国的に杉の木の植樹奨励時代でした。小学生だった私たちも授業の一環として、よく山に出かけて植えさせられたものです。そんなわけで、私などは四囲を杉に囲まれて育ちました。「杉の花」(春の季語)は花としては地味ですが、花粉の飛ぶ様子には凄いものがあります。風が吹くと、さながら煙のように飛散し移動し、この句はよくその様子をとらえています。圧倒的な飛散の光景は、まさに「吹き移りゆく」というしかありません。しかし、この様子がまさか後になって、「花粉症」なるアレルギー症状を引き起こすなど想像の埒外でした。幸いにも、私は花粉症とは無縁で来ていますが、周囲には今春になって突然発症した人もいて、お気の毒です。最近の歳時記のなかには、季語として「花粉症」を独立した項目に登録している本もありますし、句も数多く作られるようになってきました(当歳時記では「杉の花」の小項目に分類)。花粉症の方は見るのもいやかと思いますが、例句を二句あげておきます。「七人の敵の一人は花粉症」(伊藤白湖)、「花婿がよもやの花粉症なりし」(大庭三千枝)。いずれも、花粉症ではない作者が戸惑っている図ですね。『新日本大歳時記・春』(2000・講談社)所載。(清水哲男)


September 0192000

 九月はじまる無礼なる電話より

                           伊藤白潮

あ、今日から九月。学校もはじまり、人々の生活も普段の落ち着きを取り戻す。気分一新。さわやかにスタートといきたかったのに、受話器を取ったら、まことに不愉快な電話だった。張り切ろうとした出鼻をくじかれた。プンプン怒っている作者の姿が、目に浮かぶ。同情はするけれど、なんとなく滑稽でもある。伊藤白潮は、このような人事の機微を詠ませたら、当代一流の俳人だ。なんとなく滑稽なのは、それこそなんとなく私たちが抱いている「九月」の常識的なイメージを、ひょいと外しているからである。この外し方の妙が、滑稽味を呼び寄せる。むろん、作者は承知の上。なんでもないようでいて、そこが手だれの腕の冴えと言うべきだろう。季語に執しつつ、季語にべたべたしない。実作者にはおわかりだろうが、この関係を句に反映させるのは、なかなかに困難だ。その意味で、掲句は大いに参考になるのではなかろうか。……と、私の「九月」は、この短い観賞文からはじまりました。あなたの「九月」は、どんなふうにはじまったのでしょう。『新日本大歳時記・秋』(1999)所載。(清水哲男)


November 18112000

 数へられゐたるくつさめ三つまで

                           伊藤白潮

面から見ると珍しい言葉使いのように思えるが、「くつさめ」は現代表記では「くっさめ」だ。「嚔(くしゃみ・くさめ)」だ。まずは、嚔の定義から。「一回ないし数回痙攣状の吸息を行なった後、急に強い呼息を発すること。鼻粘膜の刺激または激しい光刺激によって起る反射運動で、中枢は延髄(えんずい)にある[広辞苑第五版]」。理屈はこうでも、嚔は不意にやっくるのだから、理屈なんぞを知っていても何の役にも立ちはしない(それにしても「嚔」とは、難しい漢字ですね)。不意にやってくるもの、意識の外からやってくる現象は、みんな不思議だ。でも、不思議だからといって不思議のままに放置しておけないのが、人の常だろう。そこで嚔にも、人は不思議な理屈をくっつけてきた。時代や地域差によって多少の違いはあるようだが、たとえば嚔一回だと「誰かが噂をしている」証拠という理屈。戦後すぐに流行した「リンゴの歌」にも「♪どなたが言ったか楽しい噂、軽いくしゃみも飛んででる……」と出てくる。二度の嚔は「誰かが悪口を言っている」となり、三度目は「惚れられて」いるのであり、四度目となれば「こりゃあ、本物の風邪のせいだ」となる。掲句もこのあたりの俗諺(ぞくげん)を踏まえており、周囲の人たちも三度目までは面白がって数えていたが、四度目からは数えなくなったと言っている。面白がってはいられなくなったのだ。本物の風邪と察したからである。作者ももちろんシラけたのだけれど、まわりの人たちもシラーッとなってしまった。軽い囃し立てが冗談の域をすっと越えた瞬間を、実に巧みに捉えた句だ。平仮名の多用は、鼻のぐずつき具合と照応している。白潮、絶好調なり。『合本俳句歳時記・第三版』(1997・角川書店)所載。(清水哲男)


October 12102001

 はじめから傾ぐ藁塚にて候

                           伊藤白潮

語は「藁塚(わらづか)」で秋。新藁を保存するために、刈り田のあとに円筒形に積み上げた塚だ。「にお」と呼ぶ地方が多いらしいが、私の田舎の山口では「としゃく」と言っていた。今も「としゃく」だ。漢字では、どう書くんだろうか。棒を中心に立てて積んでいたが、棒を使わない積み方もあるのだという。とにかく上手に積み上げないと、「藁塚」は日が経つに連れてだんだんと傾いてくる。見た目にも、ぶざまになる。掲句は、そんな下手な積み上げ方をされた「藁塚」が、作ったご主人に代わって言いわけをしているのだ。「はじめから傾(かし)ぐ」ようにと、ご主人は意図的に積み上げられたのですから、笑うのは筋違いですよ。私は平気でござんすからね、以上っ。と、かたわらを通る人みんなに、頼まれもしないのに説明しているのである。そこが可笑しい。当たり前の話だが、各種の農作業の工程に巧拙はつきもので、それぞれに苦手な作業も出てくる。百姓だからといって、百姓仕事のすべてを完璧にこなせるわけじゃない。「藁塚」などは長く人目につくものなので、苦手な人には苦痛だろう。きっと誰かが笑っているという強迫観念に苛まれる人も、いるはずだ。だから作者はそこらへんの事情を慮って、べつに下手だっていいじゃないかと、この句をわざわざ書いたのである。心根の優しい俳人だなと、元農家の子供としては思ったことである。『新日本大歳時記・秋』(1999)所載。(清水哲男)


May 1852003

 アナウンスされ筍の遺失物

                           伊藤白潮

るい忘れ物。と言ったら、忘れた人に失礼か。でも、この「アナウンス」を聞いた人はみな、ふっと微笑しただろう。そして、もちろん掲句の読者も……。忘れるときには忘れるのだから、何故と問うのは愚問ではあるが、しかし、世の中には不思議なものを忘れる人がいる。聞いた話だけれど、入れ歯やカツラ、位牌や骨壷、さらにはコオロギ50匹を車内に忘れたなんてのもあった。また、これはよくあるらしいのだが、駐車場に車を置き忘れて、電車で来宅してしまう人。なかには、なんと人間を忘れる人も結構いるようで、デート中の彼女だとか、我が子だとか……。この我が子を忘れちゃった人は、かのミスター長嶋茂雄で、かなり有名な話である。ちなみに警視庁遺失物センターによると、昨年(2002年)度に届けられた拾得物の点数でいちばん多かったのが「傘」で、全体の20%ほど。以下、「衣類」「財布類」「カード・証明書類」「有価証券類」の順になっている。私も、傘は何本忘れたことか。ついでに職業柄の話をしておけば、作家からもらった原稿を、どこかに忘れた経験のある編集者も案外と多い。私が編集者だったころは、コピー機もなければワープロもなかった。正真正銘の生原稿をあずかるのだから、絶対に忘れてはいけないのだが、つい電車の網棚などに紙袋に入れたまま忘れてしまう。真っ青になって駅の遺失物係に駆け込んでも、紙袋などはまず出てこない。誰かに捨てられてしまうのである。だから私は、どんな大家の原稿であろうとも、背広の内ポケットにくしゃくしゃにして詰め込んで移動していた。といっても、まさか作家の目の前でくしゃくしゃにするわけにもいかないので、お宅を辞去してから百メートルほど歩いて、おもむろに破れないように丁寧にくしゃくしゃにしたものだった。俳誌「鴫」(2000年6月号)所載。(清水哲男)


September 2992004

 広報の隅まで読んで涼新た

                           伊藤白潮

語は「涼新た(新涼)」で秋。「広報」は区や市など自治体の発行している広報誌のことだが、これを「(隅から)隅まで」読む人はなかなかいないだろう。購読紙に広告といっしょに挟まれて配達される地域が多いので、一瞥もされないままにビラと同じ運命をたどる「広報」も多いはずだ。それを作者は「隅まで」読んだというわけだが、特にその号に注目したというのではなく、おそらくは気まぐれで読みはじめ、ついつい最後までページをたどってしまったということのようだ。読んだのはたまたま手に取ったときの気分が良かったからであり、その気分の良さは猛暑が去った後の「涼」がもたらしたものである。つまり「新涼」の心地よさから読みはじめて、読み終えると、今度は何か普段では経験したことのない達成感が生まれて、そこでまたあらためて快適な「涼新た」の実感がわいてきたということである。「新涼」に誘われて行為した結果、なおのこと「涼新た」の感を深くした。そういう構成だと思う。だからこのときに「涼新た」と「新涼」は厳密には同義ではなく、「涼新た」には作者の読後という時間が投影されている。要するに既成の季語の概念に作者個人のアクションを加え重ねているわけで、なんでもないような句に見えるかもしれないが、作者が素知らぬ顔をして、実は季語と遊んでいるところに掲句の楽しさがあると読んだ。『ちろりに過ぐる』(2004)所収。(清水哲男)


January 1912005

 声高になる佐渡よりの初電話

                           伊藤白潮

語は「初電話」で新年。掲載時期が遅すぎた感もあるが、旅先からの「初電話」なので、松を過ぎてもあり得ることだ。作者は千葉県在住。したがって、日常的には佐渡ははるか遠方である。その遠方に来ての電話だから、自然に「声高に」なったというわけだ。佐渡の様子を新春に報告する気のたかぶりのせいもあるだろうが、それよりも遠方から電話をかけている意識から声高になったと解したい。昔の遠方同士の電話だと、たしかに大声でないと聞こえにくい場合があったけれど、今日では単に遠方が原因で聞こえにくいことは稀だろう。だからことさらに声高になることもないのだが、遠いと思うとつい大きな声で話してしまう心理とは面白いものだ。他人事ではなく、ラジオの新米パーソナリティだったころの失敗談がある。スタジオと都内を結ぶ電話でインタビューするときと九州や北海道間のそれとで声の大きさが違ってしまい、しばしば技術マンに注意を受けたのだった。放送では本番前に回線状態をチェックするので、都内であろうと遠方であろうと、同じようにクリアーな状態で通話ができる。それなのに……、というわけだ。遠方との通話だからといって、いきなり声をはりあげられたら技術者はたまらない。この句は、そんな懐かしい日々にも想いを誘ってくれた。『ちろりに過ぐる』(2004)所収。(清水哲男)


July 0872005

 明易や書架にむかしのでかめろん

                           伊藤白潮

語は「明易(あけやす)し」で夏、「短夜(みじかよ)」に分類。最近では午前4時を過ぎると、もう明るくなってくる。早起きの私などには好都合だが、もう少し遅くまで寝る習慣の人が、そんな時間に目覚めてしまうと、いつもの朝には見えなかったものが見えたりするものだろう。作者の場合も、おそらくそうである。目覚めたものの、まだ起き上がるのには早すぎる。かといって、もう一度寝直すというほどの時間でもない。どうしようかと思いながら、なんとなく部屋の隅の「書架」を眺めているうちに、昔買い求めた『でかめろん』の背表紙が目に入った。有名なボッカチオの『デカメロン』の翻訳書で、若い頃に読んだきりのまま、そこにそうして長い間さしてあったのだ。だから本当はいつでも目にしているわけだが、あまりにも長い年月にわたって同じ場所にあり取り出すこともなかった本は、もはや書籍というよりも書架の一部と化しているので、普段は意識することもない。それがたまたまの早朝の目覚めで、薄明かりの中に書籍としての存在感をもって出現したのである。当然に、読みふけった頃のあれこれがぼんやりと思い出され、「むかしのでかめろん」という柔らかな平仮名表記は、その思い出が多感な青春期の甘酸っぱさに傾いていることを暗に告げている。私も思わずもそうしたが、この句を読んで、あらためて自分の書架を眺めてみる人は多いだろう。誰にでもそれぞれに、それぞれの『でかめろん』があるはずである。『ちろりに過ぐる』(2004)所収。(清水哲男)


September 0592006

 爽やかに檜の幹を抱き余す

                           伊藤白潮

林浴という言葉が一般的に知られるようになったのは1980年代というから、まだ日の浅い習慣である。少し年配の方からすれば、そんな大層な言葉を使わずとも、裏山や社寺境内で深呼吸をすることが即ち森林浴であったと思われることだろう。とはいえ、いまや「森林浴」は現代人の大好きな癒しのキーワードとなっている。都会の喧噪を離れ、森の小径を散策すれば、木漏れ日は歩くたびに形を変え、まだ半袖の素肌にさまざまな日向のかけらを放り投げる。取り囲む大樹は静かに呼吸し、ありのままの自分を森がたっぷりと包み込んでくれる。自然の健やかさと愛おしさに、思わず木の幹に触れてみるところまでは、今までも多くの俳人が作品として形にしてきたことだろう。しかし、掲句の魅力は「抱き余す」の「余す」に凝縮される。一等好ましい大樹に両腕を回せば、木の胴は思いのほか太い。というより、両腕に抱えられる大きさが意外に小さいことに気づかされる。左右の指先は目に届かない大樹の後ろ側で、あとどのくらい離れているかも分らない。幹に触れている頬に、しっとりと濡れた木肌が匂う。この肌のすぐ向こうには、地中から運ばれた水が走り、それは梢の先、葉のすみずみまで行き渡っているのだ。抱き余すことによって、年輪を重ねた大樹を祝福し、敬う心が伝わってくる。身体のなかは透明の秋の空気に満たされ、抱いているはずの大樹の幹に、今は抱きしめられている心地となる。『ちろりに過ぐる』(2004)所収。(土肥あき子)




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