隅田川句会。強風で軽度の船酔いに。賞を差し上げたのは会津の女性。吹雪の中を出て来られた由。




2000蟷エ4譛2譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

April 0242000

 うまや路や松のはろかに狂ひ凧

                           芝不器男

事としての凧揚げの季節は、地方によってまちまちだ。長崎は四月、浜松は五月など。俳句では春の季語としてきた。句の凧は行事には無関係で、たまたま揚がっていた凧を目撃している図。「うまや路(じ)」は「駅路」と書き、宿場のある街道のこと。作句された場所も年代もわかっており、不器男の住んだ伊予の山峡沿いの街道で、1928年(昭和三年)に詠まれた句である。宇和島からの物資輸送に使われた街道筋の宿場町だ。風が強い日だったのだろう。街道の松の木のはるか彼方に、上下左右に激しく動き回る凧が小さく見えている。悠々と揚がっていれば、いかにも春らしいのどかな光景だが、凧が狂っているので、作者は落ち着かない。のどかなはずの光景を、遠くの凧が引っ掻いている。いささかオーバーに言えば、作者の近代的不安を極めて古典的な表現様式で言い当てた句と解釈できる。自然に「絶妙の技」という言葉が浮かんでくる。この句を得た二年後に、不器男は二十七歳にも満たぬ若さで亡くなった。作句期間も四年ほどという短さ。その余りある才を惜しんで、没後四年目に横山白虹が限定三百部の『不器男句集』を編み、百七十五句が収められた。(清水哲男)


April 0142000

 万愚節ともいふ父の忌なりけり

                           山田ひろむ

日という日に、このような句に出会うとシーンとしてしまう。偶然とはいえ、父親の命日とエープリル・フールが同じだったことで、作者は世間にいささか腹を立てている。「ともいふ」に、その気持ちがよくあらわれている。たとえば元日に亡くなった身内を持つ人もやりきれないだろうが、万愚節が忌日とは、もっとやりきれないかもしれない。軽いジョークの飛び交う日。人々が明るく振るまう日。そういうことになっている日。しかも、四月馬鹿「ともいふ」日である。父親を悼む心に、世の中から水をかけられているような気分がするだろう。ご同情申し上げる。四月一日の句で圧倒的に多いのは、掲句の作者を嘆かせるような都々逸的、川柳的な作品だ。「船酔の欠食五回四月馬鹿」(大橋敦子)しかり、「丸の内界隈四月馬鹿の日や」(村山古郷)またしかりだ。後者は、四月馬鹿の日にも、せっせと生真面目に働く丸ノ内界隈のサラリーマンたちを皮肉っている。ところでついでながら、Macユーザーの方は本日の「アップルルーム」を見てください。私の好きな真面目なサイトです。でも、今日のコラムやバナー広告は、全部ウソで塗り固められているはずですから。(清水哲男)


March 3132000

 世の中は三日見ぬ間に桜かな

                           大島蓼太

の「世の中」は、自然的環境を指している。戸外、周囲の意味。「あな寒といふ声、ここかしこに聞ゆ。風さへはやし。世の中いとあはれなり」(『蜻蛉日記』下)の用法だ。句意は説明の必要もあるまいが、桜の開花のはやさを言ったもの。たしかに、咲きはじめると、すぐに満開になってしまう。散るのも、またはやい。ところで、この句を諺か警句みたいな意味で覚えている人がいる。いや、そう覚えている人のほうが多いかもしれない。「世の中」を社会的環境ととらえ、桜花の咲き散るようなはやさで、社会は変化するものだという具合に……。落語のマクラにも、その意味でよく使われる。ただし、こういうふうに覚えている人は、たいてい原句を間違ってそらんじているのが普通のようだ。「世の中は三日見ぬ間に桜かな」ではなく「世の中は三日見ぬ間桜かな」と、助詞を勝手に入れ替えている。「に」と「の」の入れ替え。なるほど、これでは警句に読めてしまう。無理もないか。たった一文字の違いによる、この激しい落差。地下の作者は泣いているだろう。蓼太(りょうた)は、18世紀の江戸に住んだ俳人。信州出身とも伝えられるが、出自は明らかでない。『蓼太句集』所収。(清水哲男)




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