雨の日には車の下にもぐって駐車場で暮らしている野良猫が、最近よく鳴くようになった。気になる。




2000ソスN6ソスソス30ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

June 3062000

 三島の宿雨に鰻をやく匂ひ

                           杉本 寛

のまんまの挨拶句だが、まずは雨降りというシチュエーションが利いている。湿った空気のなか、どこからか鰻をやく匂いが低くかすかに漂ってくる。晴れていれば暑苦しいばかりの匂いも、雨に溶けているかのように親しく匂ってくるのだ。旅情満点。酒飲みなら、そこらへんの店で必ず一杯やりたくなるだろう。「やく」と平仮名にしたところも、うなずける。「さあ、いらっしゃい」と景気付けの店先では「焼く」だけれど、雨の情趣を出すには「やく」でなければならない。静岡県の三島だから、高級な鰻のやわらかさにも連想が行く。よい映画批評が私たちを映画館に連れていくように、掲句は雨の三島への旅情を誘う。私にとって三島は未知の土地だが、行く機会があったら、きっとこの句を思い出すだろう。近ごろの鰻は養殖が増え、すっかり季節感がなくなってしまったが、元来は夏のものだ。少年時代の田舎の川にも鰻がいて、若い衆の見様見まねで鰻掻(うなぎかき)で取ろうとはしたものの、とうてい子供の手におえるような相手ではなかった。ちゃんとした鰻を食べたのは、二十代に入ってからである。さて、今日で六月もおしまい。間もなく、鰻受難の季節がやってくる。『杉本寛集』(1988・俳人協会刋)所収。(清水哲男)


June 2962000

 学成らずもんじゃ焼いてる梅雨の路地

                           小沢信男

書に「月島西仲通り」とある。東京の下町だ。「もんじゃ(焼き)」は近年マスコミで紹介され、東京土産としてセットも売られているので、全国的に知られるようになってきた。一応『広辞苑』から定義を引いておくと、「小麦粉をゆるく溶き、具をあまり入れずに、鉄板で焼きながら食べる料理。焼く時に鉄板にたねで字を書いて楽しんだことで『文字焼き』の転という」。句意は明瞭にして、句感はひどく切ない。同じような食べ物でも、「お好み焼き」だとこうはいかないだろう。座が、はなやぎ過ぎるからだ。ところで、当ページにときどき出てくる「余白句会」は、実はこの句に発している。作者と辻征夫などが詩誌「詩学」投稿欄の選者だった折り、雑談で俳句の話になり、そのときに辻が好きな句としてあげたのが、この句だった。彼は種村季弘が句を激賞していた文章で覚えていたのだが、作者名は失念してしまっていた。で、「作者は忘れちゃったんですけど……」と、作者本人を前に滔々と激賞したというわけだ。このときの作者の困ったような顔を想像すると、可笑しい。それがきっかけとなって楽しい句会が誕生したのだが、こういう場合はいったい誰に感謝すればよいのだろうか(笑)。井川博年の観察によれば、掲句は学者など「学成った人」に評判がよいそうだ。わかるような気がする。なお掲句については、既にその井川君の観賞が掲載されています(1997年6月3日付)。『んの字 小沢信男全句集』(2000)。(清水哲男)


June 2862000

 花合歓や凪とは横に走る瑠璃

                           中村草田男

歓(ねむ)の花を透かして、凪(な)いだ瑠璃(るり)色の海を見ている。合歓が咲いているのだから、夕景だ。刷毛ではいたような繊細な合歓の花(この部分は雄しべ)と力強く「横に走る」海との対比の妙。色彩感覚も素晴らしい。海辺で咲く合歓を見たことはないが、本当に見えるような気がする。田舎にいたころ、学校に通う道の川畔に一本だけ合歓の木があって、どちらかというと、小さな葉っぱのほうが好きだった。花よりも、もっと繊細な感じがする。暗くなると眠る神秘性にも魅かれていた。眠るのは、葉の付け根の細胞の水分が少なくなるからだそうだ。ところで合歓というと、芭蕉の「象潟や雨に西施がねぶの花」が名高い。夜に咲き昼つぽむ花に、芭蕉は非運の美女を象徴させたわけだ。しかし、この句があまりにも有名であるがために、後に合歓を詠む俳人は苦労することになった。それこそ草田男の「降る雪や明治は遠くなりにけり」が、同じ季題で詠むときの邪魔(笑)になるように……。合歓句に女性を登場させたり連想を持ち込むと、もうそれだけで芭蕉の勝ちになる。ましてや「象潟(きさがた)」なる地名を詠むなどはとんでもない。だから、懸命にそこを避けて通るか、あるいは開き直って「象潟やけふの雨降る合歓の花」(細川加賀)とやっちまうか。そこで遂に業を煮やした安住敦は、怒りを込めて一句ひねった。すなわち「合歓咲いてゐしとのみ他は想起せず」と。三百年前の男への面当てである。『中村草田男全集』(みすず書房)所収。(清水哲男)




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