月曜日には予定表を念入りに見る。見ても何が変わるわけでもないが、何とかならないものかと見る。




2000蟷エ7譛17譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

July 1772000

 朝の僧南瓜の蔓を叱りをり

                           大串 章

だ涼しさのある夏の朝の情景。まずは、作者の弁から。「南瓜の蔓(つる)は縦横無尽に這いまわる。垣根に這いあがり、道に這い出る。甚平姿の僧が暴れん坊の南瓜を叱っている」。寅さん映画に出てきたお坊さん(笠智衆)みたいだ。謹厳実直な僧侶なるがゆえに、ユーモラスに見えてしまう。まったくもって南瓜は元気な植物で、どんなにしいたげられても、自己主張をつづけてやまない。くじけない。蔓も葉っぱも暑苦しい姿で、掲句には「さあ、今日も暑くなるぞ」という気分が込められている。この元気がかわれて、敗戦前後の食料難の時代には、庭の片隅はおろか屋根の上にいたるまでが南瓜だらけになった。来る日も来る日も南瓜ばかり食べていたので、我が家族はみんな顔が黄色くなった記憶もある。そんなわけで、私の世代以上にはいまだに南瓜嫌いが多い。つい近年まで、日本料理屋でもそんな風潮を考慮して、無神経にも南瓜を添えるような店は少なかった。ところが、いまでは大手を振って南瓜が出てくる。ある店で聞いてみたところ、板前の世代交代によるものだと聞かされた。当時のことなど何も知らないので、色彩の鮮やかさから、南瓜をむしろ珍重しているのだという。なあるほど。それでは、叱るわけにもいかない。『大串章集』(1986・俳人協会)所収。(清水哲男)


July 1672000

 あらはなる脳うつくしき水着かな

                           高山れおな

小限の衣服とも呼ぶべき「ビキニ」。それを身につけた状態は「肌もあらはに」という言葉の領域をはるかに越えている。「これはもう裸といえる水着かな」(大野朱香)だとすれば、どんな具合に形容すればよいのだろうか。いささかの皮肉をまじえて、作者は「脳もあらはに」とやってみた。言い当てて妙と私は支持したいが、どうだろう。この水着について「最初の水爆が投下された三平方キロの小島が、ついに到達したぎりぎり最小限の衣服と同じくビキニという名であることは、充分考慮に値する。いささか不気味なウイットである」と書いたのは、ヘルマン・シュライバーというドイツ人だった(『羞恥心の文化史』関楠生訳)。彼によれば、ベルリンの内務省は1932年に次のような警告を発している。「女子が公開の場で水浴することを許されるのは、上半身の前面において胸と体を完全に覆い、両腕の下に密着し、両脚の端の部分を切り落とし、三角形の補布をあてた水着を着用する場合にかぎられる。水着の背のあきは、肩甲骨の下端を越えてはならない……いわゆる家族浴場においては、男子は水着(すなわちパンツと上の部分)を着用することを要する」。この警告からビキニの世界的な普及までには、三十年程度しかかからなかった。ビキニは、二十世紀文化を「脳もあらはに」象徴する記念碑的衣服の一つということになる。俳誌「豈」(32号・2000年5月)所載。(清水哲男)


July 1572000

 手花火の柳が好きでそれつきり

                           恩田侑布子

い片恋の思い出だろう。「柳が好きで」には、主語が二つある。そうでないと、句がきちんと成立しない。その人と手花火で遊ぶ機会があって、自分が好きな「柳」を、その人も好きなことを知ったのだ。もちろん心は弾んだが、しかし、その後は親しくつきあうこともなく、手花火の夜の「関係」は「それつきり」になってしまった。「手花火の柳」を見るたびに、ちらりとその夜のことを思い出す。でも、思い出すこともまた「それつきり」なのである。「手花火の柳」が束の間のうちにしだれて消えていくように、句も束の間の記憶を明滅させて、あっけなく「それつきり」と言いさして終わっている。このときに、もはや作者の心は濡れてはいない。むしろ、乾いている。絶妙の俳句的言語配置による効果とでも言うべきか。考えてみれば、ある程度の年齢を重ねた人の人生履歴は、まさに「それつきり」の関係でいっぱいだ。しかりしこうして、掲句の良さが読み取れない読者が存在するとすれば、それは読解力の欠如によるものではないだろう。読み取るには、いささか若すぎるというだけのことにすぎない。『イワンの馬鹿の恋』(2000)所収。(清水哲男)




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