昔は「犯罪の陰に女あり」と言った。いまや言えなくなった。「犯罪の陰に男あり」とも言わないが。




2000蟷エ7譛18譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

July 1872000

 かはせみの一句たちまち古びけり

                           黒田杏子

校通学時、最寄り駅まで多摩川を渡ったので、「かはせみ」は親しい存在だった。美しい鳥だ。翡翠(ひすい)を思わせる色なので、漢字では一般的に「翡翠」をあて、魚を取るところから「魚狗(ぎょく)」とも言う。とにかく、素早い動きが特徴。ねらった獲物に一直線に襲いかかり、素早く元いた岸辺に戻ってくる様子は、うっかりすると目では追いきれないほどに感じる。そうやって取ってきた魚は、岩などに叩きつけて殺す。猛禽さながらの鳥なのだが、スズメよりは少し大きい程度の体長であり美しい色彩なので、残酷な印象は残さない。掲句は、そんな「かはせみ」の敏捷さと美々しさとを、暗喩的に捉えた作品だ。「かはせみ」の句をいくつか作ってはみるのだが、眼前にその姿を置いていると、句がスピーディな飛翔感についていけず、たちまちにして「古び」てしまうというのである。対象を直接描かずに詠む技法はよく使われるけれど、なかなか成功しないケースが多い。もってまわった表現になりがちだからだ。その点、この句はぴしゃりと決まっていて、好感が持てる。中村草田男には「はつきりと翡翠色にとびにけり」があって、こちらは流石にどんぴしゃりである。『一木一草』(1995)所収。(清水哲男)


July 1772000

 朝の僧南瓜の蔓を叱りをり

                           大串 章

だ涼しさのある夏の朝の情景。まずは、作者の弁から。「南瓜の蔓(つる)は縦横無尽に這いまわる。垣根に這いあがり、道に這い出る。甚平姿の僧が暴れん坊の南瓜を叱っている」。寅さん映画に出てきたお坊さん(笠智衆)みたいだ。謹厳実直な僧侶なるがゆえに、ユーモラスに見えてしまう。まったくもって南瓜は元気な植物で、どんなにしいたげられても、自己主張をつづけてやまない。くじけない。蔓も葉っぱも暑苦しい姿で、掲句には「さあ、今日も暑くなるぞ」という気分が込められている。この元気がかわれて、敗戦前後の食料難の時代には、庭の片隅はおろか屋根の上にいたるまでが南瓜だらけになった。来る日も来る日も南瓜ばかり食べていたので、我が家族はみんな顔が黄色くなった記憶もある。そんなわけで、私の世代以上にはいまだに南瓜嫌いが多い。つい近年まで、日本料理屋でもそんな風潮を考慮して、無神経にも南瓜を添えるような店は少なかった。ところが、いまでは大手を振って南瓜が出てくる。ある店で聞いてみたところ、板前の世代交代によるものだと聞かされた。当時のことなど何も知らないので、色彩の鮮やかさから、南瓜をむしろ珍重しているのだという。なあるほど。それでは、叱るわけにもいかない。『大串章集』(1986・俳人協会)所収。(清水哲男)


July 1672000

 あらはなる脳うつくしき水着かな

                           高山れおな

小限の衣服とも呼ぶべき「ビキニ」。それを身につけた状態は「肌もあらはに」という言葉の領域をはるかに越えている。「これはもう裸といえる水着かな」(大野朱香)だとすれば、どんな具合に形容すればよいのだろうか。いささかの皮肉をまじえて、作者は「脳もあらはに」とやってみた。言い当てて妙と私は支持したいが、どうだろう。この水着について「最初の水爆が投下された三平方キロの小島が、ついに到達したぎりぎり最小限の衣服と同じくビキニという名であることは、充分考慮に値する。いささか不気味なウイットである」と書いたのは、ヘルマン・シュライバーというドイツ人だった(『羞恥心の文化史』関楠生訳)。彼によれば、ベルリンの内務省は1932年に次のような警告を発している。「女子が公開の場で水浴することを許されるのは、上半身の前面において胸と体を完全に覆い、両腕の下に密着し、両脚の端の部分を切り落とし、三角形の補布をあてた水着を着用する場合にかぎられる。水着の背のあきは、肩甲骨の下端を越えてはならない……いわゆる家族浴場においては、男子は水着(すなわちパンツと上の部分)を着用することを要する」。この警告からビキニの世界的な普及までには、三十年程度しかかからなかった。ビキニは、二十世紀文化を「脳もあらはに」象徴する記念碑的衣服の一つということになる。俳誌「豈」(32号・2000年5月)所載。(清水哲男)




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