高校野球西東京で法政一高がベスト8。久し振りである。でも、さっぱり湧かない地元。これが東京だ。




2000蟷エ7譛26譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

July 2672000

 今生の汗が消えゆくお母さん

                           古賀まり子

の死にゆく様子を「今生の汗が消えゆく」ととらえた感覚には、鬼気迫るものがある。鍛練を重ねた俳人ならではの「業(ごう)」のようなものすらを感じさせられた。生理的物理的には当たり前の現象ではあるが、血を分けた母親の臨終に際して、誰もがこのように詠めるものではないだろう。この毅然とした客観性があるからこそ、下五の「お母さん」という肉声に万感の思いが籠もる。表面的な句のかたちに乱れはないけれど、内実的には大いなる破調を抱え込んだ句だ。作者には「紅梅や病臥に果つる二十代」に見られる若き日の長い闘病体験があり、また「日焼まだ残りて若き人夫死す」がある。みずからの死と隣り合わせ、また他人の死に近かった生活のなかでの俳句修業(秋桜子門)。掲句は、その積み上げの頂点に立っている。この場合に「鋭く」と言うのが失礼だとしたら、「哀しくも」立っている……。「お母さん」の呼びかけが、これほどまでに悲痛に響く俳句を、少なくとも私は他に知らない。「汗」という平凡な季語を、このように人の死と結びつけた例も。『竪琴』(1981)所収。(清水哲男)


July 2572000

 寺の子の大きな盥浮いて来い

                           甲斐遊糸

濯用の盥(たらい)は、家庭の規模を表現した。家族の人数や客の多寡で、盥の大きさはおのずから定まった。鍋釜や飯櫃の大きさも同様だ。寺の盥が図抜けて大きいのも、うなずける。そんな盥を境内の木陰に出してもらって、幼い寺の子がひとりで遊んでいる。「浮いて来い」は浮き人形のことで、夏の季語。人形や船、金魚などをブリキやセルロイドで作り、水中に沈めては浮いてくるのを楽しんだ。ごく素朴な玩具だが、江戸期には相当に凝ったもの(人形に花火を持たせて走らせるものなど)もあったようだ。作者に特別な仏心があるわけではないと思うが、このシーンをつかまえたときの慈顔が感じられる。将来は僧侶として立つであろう寺の子の無心が、作者の慈顔を引きだし、掲句を引きだしたと言ってもよいだろう。このとき「浮いて来い」は、作者の寺の子の未来に寄せる応援の言葉でもある。盥で思い出したが、京都での学生時代の下宿先では、当然のことながらその家の盥を使わせてもらい、洗濯をしていた。ある日、何気なく盥の裏を見たら「昭和十三年二月購入」と墨書きしてあった。それはそのまま、私の生まれ年であり生まれ月だった。『月光』(2000)所収。(清水哲男)


July 2472000

 盗品にあらずよ買へや陶まくら

                           西野文代

まくらは「陶枕(とうちん)」。中国や韓国から輸入され、ひやりと冷たく、昼寝には絶好の枕だ。縁日の一齣だろう。香具師(やし)が熱弁をふるって、陶まくらを売っている。破格の安さをいぶかる客に、盗んできたわけじゃないよと笑わせている。香具師の口上の定番ではあるが、何度聞かされても楽しい。香具師の言葉だけで、縁日気分を盛り上げた句だ。といって、買う気持ちもないのだけれど……。盗品の「とう」と陶まくらの「とう」との響きあいも愉快。それにしても、縁日では不思議なものを売っている。見ていると、必ずそれを買う人もいる。昔、その筋の人に聞かされた話によると、最初に買う何人かは、たいていが「サクラ」だそうな。「サクラ」の見分け方も教えてくれた。買う客の靴を見ろ。それだけである。たとえば、どのように貧しそうなナリをしていても、どういうわけか靴だけはピカピカだったりするのだという。足下を見られないように、足下だけはやつさないというのが、この種の業界に生きる人たちの鉄則だからだと、彼は言った。男も女も。以来、縁日での客の足下を見る癖がついてしまい、なるほどと思われる場面に何度か出くわした(ような気がした)。最近の縁日は、こうした業界の人たちをオミットするところが多い。明るいインチキの楽しさがなくなった寂しさ。『おはいりやして』(1998)所収。(清水哲男)




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