一口にADSLと言うが、サービス形態に違いがある。このへんをよーく研究しようと、日々研究中。




2001ソスN2ソスソス2ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

February 0222001

 冬服着る釦ひとつも遊ばせず

                           大牧 広

者は大変な寒がりやで、身内に少しの外気が入るのも許さない。だから、かくのごときの重装備とはあいなる。ひとつの釦(ぼたん)も遊ばせずに、すべてきちんとかけてから外出する。そんな姿は一見律義な人に見えるが、そうではないと作者自身がコメントしている。「(何事につけ)小心ゆえに、適当に過すということができないのである」とも……(「俳句界」2001年2月号)。小心のあらわれようは人さまざまだろうが、服の着方が私とは正反対なので、目についた。私の場合は、よく言えばラフな着方だが、要するにズボラなのである。いちいちボタンをかけるのが面倒くさい。したがって、外気はそこらじゅうから入ってくる。もちろん寒いが、寒かったら襟を掻きあわせるようにして歩く。そんなことをしなくてもちゃんとボタンはついているのだが、それでもかけるのが億劫というのだから、ズボラもここに極まれりだ。性癖と言うしかあるまい。それにしても、ボタンを遊ばせるとは面白い表現だ。本来は仕事をしてもらわなければならないのに遊ばせておくわけで、女性や子供の服にあるような飾りのボタンとは違う。私のように遊ばせすぎるのは話にならないが、適度に遊ばせるのは粋(いき)やダンディズムに通じるようだ。心のゆとり(遊び心)を表現することになるからだろう。外国にも、こういう言い方はあるのだろうか。(清水哲男)


February 0122001

 飴売の鳥居にやすむ二月かな

                           入江亮太郎

前の句。縁日でのスナップだろうか。笛を吹きながらにぎやかに飴を売っていた男がくたびれたらしく、小休止している。それも、鳥居の根元のところに腰掛けている。たぶん大きな鳥居で、腰掛けている姿は中腰に近いと読んだほうが面白い。神域で商売をしながら、ちょいと神域に尻を向けている図だ。真っ赤な鳥居と派手な衣装の飴売りの姿との取り合わせにも、長閑な気分がある。全て世は事もなしといった感じに、作者は「もう春だなあ」と微笑している。旧暦の二月は春も仲春だから、歳時記で「二月」は春の部に分類されてきたが、新暦当月はまだまだ寒さが厳しい。したがって、新暦二月を詠むとなると、どうしても「春は名のみの……」という感覚が入り込んでくる。事実、そういう句が多い。そんななかで揚句は新暦句ながら、「二月」に仲春の雰囲気を見つけている。たまさか暖かい日だったのかもしれないが、ふんわりとして明るい句だ。では逆に、ものすごく寒そうな一句を。「詩に痩せて二月渚をゆくはわたし」(三橋鷹女)。渚も寒いだろうが、「詩に痩せ」た作者の心の内はもっと寒い。春など遠い厳寒だ。ただし、このような詩心の行き詰まりをあえて句にする作者の気性は相当に激しく、熱い。いわば癇性(かんしょう)に近い感覚だと思う。だから余計に、句に寒さがしみ渡るのである。遺句集『入江亮太郎・小裕句集』(1997)所収。(清水哲男)


January 3112001

 ガラス玉これ雪女の義眼です

                           橋本 薫

怪だとかお化けだとかの句には、作者固有の想像世界が具体的に表れていて面白い。実に、人さまざまである。昔から「雪女(雪女郎)」の句はたくさんあるが、「義眼」との取り合わせのものははじめて読んだ。極めて新しいスタイルの「雪女」の出現である。とりあえず、乾杯(笑)。なにせ相手は妖怪なのだから、この取り合わせが上手に効いているのかどうかは、判断がつかない。とすると、眼鏡をかけた「雪女」もいるのかなと、しばし楽しい空想に耽った。でも、眼鏡じゃ、そんなに恐ろしくはないな。「ガラス玉」とは、ビー玉みたいなものだろうか。作者はおそらく雪道に落ちている「ガラス玉」を見つけて、とっさに「雪女」を連想したのだろう。つまり、人を驚かす「雪女」のほうが逆に何かに驚いて慌てふためき、迂闊にも落としていったのだ。そう思うと、なんとなく気の毒でもあり、可笑しくもある。「雪女」伝承には地方によりいろいろあって、まずは若い女だ、いや老婆だと、年齢からして相当に開きがある。顔を見ると祟(たた)られるという地方もあるし、断崖などで後ろから突き飛ばすという物騒なのが出てくる土地もある。もちろん幻想だが、なかには幻想の正体を突き止めた人もいて、「錦鯉は夜がくるまでの雪女」と、詩人の尾崎喜八が自信満々に詠んでいる。私のイメージからすると、だいぶ違う。が、そこはそれ妖怪相手なのだから、違うと言い切れる根拠は何もない。今回少し調べたなかで、かなりゾッとしたのは次の句だ。「聖堂の固き扉に泣く雪をんな」(佐野まもる)。このすすり泣きは怖いぞ。『夏の庭』(1999)。(清水哲男)




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