寂しい宇治の下宿を思い出す。洗濯盥の裏底を見ると「昭和十三年購入」とあった。我が生年だった。




2001ソスN4ソスソス7ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

April 0742001

 銀行に口座開きて入学す

                           堀之内和子

元を遠く離れての大学「入学」だ。仕送りを受けとるために、銀行に口座を開いた。生まれてはじめて自分名義の口座を開き、ぐんと大人になった気分である。独り住まいをはじめるときには、いろいろと揃えなければならないが、いまや銀行口座もその一つというわけだ。アルバイトの賃金も、銀行振り込みが普通だろう。とくに私などの世代には、とても新鮮に感じられる句だ。昭和三十年代の前半に入学した我等の世代には、銀行は遠い存在でしかなかった。いかめしい建物のなかで、ぜんたい何が行われているのかも知らなかった。学生時代には、用事などないから一度も入ったことはない。漠然と、生涯無縁な建物だろうくらいに思っていた。当時の仕送りは、現金書留が普通。配達してくれる郵便屋さんが、神々しく見えた(笑)。貯金するほどの額ではないから、銀行はもとより、切手や葉書を買いに行く郵便局の貯金の窓口とも無縁であった。社会人になってから、生まれてはじめての原稿料を小切手でもらったときに、横線小切手の意味もわからず、それこそはじめての銀行の窓口で赤恥をかいたことがある。給料も現金支給の時代だったので、そんなことでも起きないかぎり、銀行とは没交渉のままでもよかったのだ。学生の分際(失礼)で銀行口座を開くのが一般化したのは、70年代に入ったころからだろうか。こういう句を読むと、つくづく古い人間になったなと思う。『新大日本歳時記・春』(2000)所載。(清水哲男)


April 0642001

 都をどり観給ふ母を見てゐたり

                           大串 章

語は「都踊」で、春。四月の間、京都祇園花見小路の歌舞練場で祇園の舞妓・芸妓が公演する絢爛豪華な踊りである。「都踊でよういやな」の掛け声でも有名だ。明治五年にはじまったというから、歴史は長い。田舎の母親を京都見物に招待した作者は、プランのなかに「都をどり」を組み込んだ。しかし、舞台を母が喜んでくれるかどうか心もとない。おそらく、作者も初見なのだと思われる。母のことが気になって、舞台に集中するどころではない。ちらちらと様子をうかがっているうちに「都をどりまぶしと母の微笑みぬ」と、喜んでくれた。ほっとした。招待とはまことに難しいもので、行きつけの飲屋に友人を誘っても、ちょっとこうした気分になる。ましてや、相手は遠く故郷から上洛してきた母親だ。気に入ってもらわなければ、悔いが残る。そんな気の遣いようが、身にしみて伝わってくる。母親からすれば、立派に成長した息子と並んで、一緒に舞台を観ているだけで十分に幸福なのだろう。だが、息子の側としては、そうはいかない。もっともっと喜ばせたい。喜ぶ顔が見たいのだ。と、このように母を思い遣る作者の心には、読者もほろりとさせられてしまう。他者からみれば、なんでもない光景だ。それゆえに、なのである。「給ふ」という表現も、よく生きている。久しぶりの邂逅であるし、今度会うのはいつのことにになるのかわからない。この気持ちが、ごく自然に「給ふ」と言わしめている。『朝の舟』(1978)所収。(清水哲男)


April 0542001

 はなちるや伽藍の枢おとし行

                           野沢凡兆

兆は、加賀金沢の人。蕉門。『猿蓑』の撰に加わった。彼の移り住んだ京には、いまも花の名所として知られる寺が多い。夕刻の光景だ。花見の客もあらかた去っていき、静かな境内では花が散り染めている。「枢(くるる)」は普通の戸の桟(さん)のことも言うが、ここでは寺だからもう少し頑丈な仕掛けのあるもの。「扉の端の上下につけた突起(とまら)をかまちの穴(とぼそ)にさし込んで開閉させるための装置」(『広辞苑』第五版)だ。旧家などの扉にも使われ、さし混むときにカタンと音がする。静寂のなかに扉を閉ざす音が響き、なお花は音もなく散りつづけて……。「はなちるや」の柔らかい表記と固い音響との対比も見事なら、僧侶の黒衣にかかる白い花びらとの対照も目に見えるようである。かくして、寺の花は俗世から隔絶され、間もなく「伽藍(がらん)」とともに柔らかな春の闇に没していくだろう。無言の僧侶はすぐに去っていき、作者もまた心地よい微風のなかを家路につくのである。寂しいような甘酸っぱいような余韻を残す句だ。「春宵一刻値千金」とも言うけれど、その兆しをはらんだ春の夕暮れのほうが、私には捨てがたい。「さくらちる」京都の黄昏時を、ほろりほろりと歩いてみたくなった。いまごろが、ちょうどその時期だろうか。(清水哲男)




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