May 052001
粽結ふ母も柱もむかしかな
宮下白泉
いまは「こどもの日」、昔は「端午(たんご)の節句」。この日の菓子は、「粽(ちまき)」か「柏餅」だ。関西では「粽」、関東では「柏餅」が一般的だと聞いたこともあるが、どうだろうか。掲句の背景には、有名な童謡「背くらべ」(海野厚作詞・中山晋平曲)が意識されている。「柱のきずは おととしの/五月五日の 背くらべ/ちまきたべたべ にいさんが/はかってくれた 背のたけ……」。この歌のせいで、全国の家庭の柱には、どれほどの傷がつけられたことだろう。ご多分に漏れず、我が家の柱も同一の運命にみまわれた。作者の前には粽があり、そんな「むかし」を懐かしんでいる。「粽結ふ母」も傷つけた「柱」も、いまや無し。思えば、あの頃の我が家がいちばんよかったなあ。「むかし」という柔らかな表記が、ほのぼのとした郷愁を誘う。石川桂郎に「一つづつ分けて粽のわれになし」があり、これもさりげない佳句だ。頂き物の粽を家族で分けてみたら、一つ足りなかった。「お父さんはいいよ、子供の頃にいっぱい食べたからね……」。「一つづつ」と強調されているから、粽などめったに手に入らなかった食料難の時代の句だろう。掲句の作者も、もしかしたら同じ状況にあったのかもしれない。俺は良い思い出だけで十分だよ、と。急に粽が食べたくなった。『新日本大歳時記・夏』(2000・講談社)所載。(清水哲男)
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