June 012001
浴衣着てからだが思ひ出す風評
すずきりつこ
ああ、こういうこともあるのか。あるのだろうな。一年中、季節に関係なくほとんど同じような格好で過ごしている私には、とても新鮮に写った。夏の夕べ、作者は一年ぶりに浴衣を着ることにした。着た途端に、その肌触りから昨夏浴衣を着た頃に流れていた(らしい)「風評(うわさ)」のことを思い出した。すっかり忘れていたのに、頭ではなく「からだが思ひ出す」とは言い得て妙。おそらく自分についての好ましくない風評だろうが、着たばかりの浴衣に思い出さされてしまったのだ。浴衣を着たときのすがすがしい気分を詠んだ句はヤマのように作られてきたけれど、このようなアングルからの句は珍しい。意表を突かれた思い……。しかも、説得力は十分である。よく「からだで覚える」とか「からだに言い聞かせる」などと言うが、句のように「からだ」とは実に奥深くも面白いものだ。そうか、人間には「からだ」があったのだと、しばし自分の「からだ」に思いを走らせることになった。寝巻きにしていたくしゃくしゃの浴衣に、帯代わりの古ネクタイ。もう一度同じずぼらな格好をしてみたら、若き日の何かを私の「からだ」は思い出すのかもしれない。いや、きっと思い出すのだろう。『新日本大歳時記・夏』(2000・講談社)所載。(清水哲男)
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