June 042001
つかみ合子供のたけや麦畠
垂葉堂游刀
去来の作という説もある。それにしても「垂葉堂游刀(すいようどう・ゆうとう)」とは、ユニークな名前だ。能楽師。見事に伸び揃った麦の畑で、二人の子供が取っ組み合いの喧嘩をしている。「子供のたけ」は麦のそれくらいというのだから、小さな子供らだ。この喧嘩、放っておいても大事にいたる心配はない。むしろ元気があって大いによろしいと、作者は微笑している。この元気が麦の元気と照応して、今年もよく実った麦の出来を素直に喜ぶ気分が溢れ出た。この句について山本健吉は「裏に麦ぼめの伝統が生きていよう」と指摘しているが、江戸期の読者ならうなずけるところだろう。「麦ぼめ」とは「正月二十日。麦とろを食べてから麦畑に出て、麦をほめる唱え言をする風習。中国地方の山間部などに残る」と、『広辞苑』にある。現代の園芸でも、褒め言葉を声に出しながら花を育ててやると、より奇麗に咲くという話はよく聞く。ましてや、麦作は農家の生命線だ。風習としての「唱え事」も、さぞかし熱を帯びていたにちがいない。一見形骸化したような言葉でも、しかるべきシチュエーションで実際に口に出してみると、にわかに実質を取り戻すから不思議だ。この場合の実質は「いつくしみの心」である。『猿蓑』所収。(清水哲男)
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