莠泌袖縲髱悶ョ句

September 1092001

 一米四方もあれば虫の村

                           五味 靖

んだとたんに「なるほどね」と膝を打った。虫の音や姿を詠むのは、人間のいわば手前勝手な営みだが、虫同士の生活の場に思いをいたすのは、その反対だ。小さな虫たちが、それもたったの「一米四方」で村落を形成していると想像することで、鳴き声や姿の受け取りようも、ずいぶんと変わってくるではないか。私に虫のテリトリーの知識は皆無だけれど、この小さな「村」から生涯出ていかない(いけない)虫もいるのだろう。逆に、村から村へと渡り歩く気ままな流れ者もいそうである。戦いもあれば、災害もあるだろう。あれこれそんなことを考えていると、小さな虫たちに一入(ひとしお)いとしい気持ちがわいてくる。作者は、とても優しい人なのだろうなとも思う。そして小さな「村」があるからには、それらが寄り集まった「国」も存在する理屈だ。同じ句集に「寝落つとは虫の国へと入りしこと」があり、この句にもまた「なるほどね」と、作者の独特な資質を感じた。虫の音を聞いているうちに、いつしか「寝落」ちてしまった。考えてみれば「寝る」とは自然の摂理に同化することであり、人為的な「国」やら文化文明の類いとは切れてしまうことだ。このときに、人間も虫もが同じ「国」に生きるのである。なお、両句とも季語は「虫」で秋季。『武蔵』(2001)所収。(清水哲男)


January 1212002

 老いてゆく体操にして息白し

                           五味 靖

語は「息白し」で冬。句意は明瞭だ。年を取ってくると、簡単な動作をするにも息が切れやすくなる。ましてや連続動作の伴う「体操」だから、どうしても口で呼吸をすることになる。暖かい季節にはさして気にもとめなかったが、こうやって冬の戸外で体操をしていると、吐く息の白さと量の多さに、あらためて「老い」を実感させられることになった。一通りの解釈としてはこれでよいと思うけれど、しかしこの句、どことなく可笑しい。その可笑しみは、「老いてゆく」が「体操」にかかって読めることから出てくるのだろう。常識的に体操と言えば、老化防止や若さの維持のための運動と思われているのに、「老いてゆく体操」とはこれ如何に。極端に言えば、体操をすればするほど老いてゆく。そんな感じのする言葉使いだ。このあたり、作者が意識したのかどうかはわからないが、こう読むといささかの自嘲を込めた句にもなっていて面白い。ところで、この体操はラジオ体操だろうか。ラジオ体操は、そもそもアメリカの生命保険会社が考案したもので、運動不足の契約者にバタバタ倒れられては困るという発想が根底にあった。そんなことを思い合わせると、掲句は自嘲を越えた社会的な皮肉も利いてきて、ますます可笑しく読めてくる。『武蔵』(2001)所収。(清水哲男)


June 0462002

 「武蔵」読むに武蔵の目つき花蜜柑

                           五味 靖

語は「花蜜柑(蜜柑の花)」で夏。作者、二十代の句。読んでいる「武蔵」は、吉川英治の『宮本武蔵』だろう。かつて一世を風靡した傑作で、徳川夢声のラジオでの朗読も人気があった。数多く映画化もされており、なかで内田吐夢が中村錦之助で撮った一連の作品が、私は好きだった。それこそ映画を見ていると、だんだん主人公に同化していくように、言われてみればたしかに読書でもそういうことが起きてくる。小休止でページから目を離し、遠く窓外を見やれば白い蜜柑の花の花盛りだ。見慣れた風景ではあるが、いつもとは違うように見える。それも道理で、自分の「目つき」がすっかり昂然たる武蔵のそれになっているからだと気がついた。句を分解すればそういう仕組みだろうけれど、むしろ丸のみにして味わうほうが良さそうだ。真剣に本の世界に没入している若者がいて、その若者を蜜柑の花の白色と芳香とが包み込んでいる。まことに、青春は美わしではないか。私にも、このような時期があった。それを掲句が遠望させ、ほとんど羨望の念で若き日のおのれを回想させる……。君知るや、この苦き心の切なさを。『武蔵』(2001)所収。(清水哲男)


September 2492002

 不思議なるものに持病やとろろ汁

                           五味 靖

語は「とろろ汁」で秋。麦飯にかけたものが「麥とろ」。するするっと喉を越す味わいは何とも言えないが、逆に言えば、甘いとか辛いとか酸っぱいとかという、はっきりした味のない食べ物だ。一度も食べたことがない人に、口で説明するのは非常に困難な「不思議」な味である。そのとろろ汁を啜りながら、ふと作者は「持病」のことに思いがいたった。年齢を重ねれば、たとえ軽度であれ、たいていの人は一つか二つの持病を抱えこむ。いつもの兆候、いつもの発作。もはや慣れっこになっていて、ほとんど無意識のうちに対応できるので、日ごろあらためて意識することは少ない。が、作者のようにあらためて意識してみると、なるほど「不思議」といえば「不思議」な病気だ。周囲の人は免れているのに、なぜ自分にだけ取りついたのだろうか。掲句に触れたときに、長年の持病に悩む友人が、あるとき呟くように漏らした言葉を思い出した。「持病ってやつは、カラダから離れないんだよなあ」。だから持病なのだが、当たり前じゃないかとは笑えなかった。「ホントに、そうだよねえ」と答えていた。風邪や腹痛ならば、いずれは治る。カラダから出ていく。なのに、生涯出ていかない病気とは、やはり不思議と言うしかないだろう。瞑目するようにしてとろろ汁を啜っている作者の姿が、持病持ちひとりひとりの姿に重なってくる。『武蔵』(2001)所収。(清水哲男)


November 25112002

 釣具屋を畳むにぎわい冬鴎

                           五味 靖

んなに大きな店ではなくても、いざ「畳む」となれば大変だろう。店主としてはひっそりと店じまいにしたいところだろうが、何人かの手伝いも来ていて、それなりににぎやかになっている。大声や笑い声も聞こえてくる。店を閉める主人の感慨もへちまもどこへやら、こういうときの現場はむしろ活気に満ちた「にぎわい」を見せるものだ。一方では、港か河口に近い場所なので、そこここには鴎(かもめ)たちがうるさいくらいに、群れをなして飛び回っている。まるで、映画の一場面のような光景……。そして、この二つの「にぎわい」から浮かび上がってくるものは、表面的な「にぎわい」の奥底に沈んでいる寂寥感だ。一つの小さな歴史が閉じられるときの寂しさを、二つの「にぎわい」の中にとらえた作者の目は鋭くも的確である。それにしても「畳む」という言葉は面白い。元来は「折り返して重ねる」、すなわち「きちんと整理する」に近い意だろうが、句のように「閉じて引き払う」の意味で使ったり、あるいは「胸に畳んでおく」などと内面的な意味で機能させたりもする。子供のころに、時代劇映画で「畳んじまえっ」という言葉を知ったときには驚いた。人の命を「畳む」とは乱暴な話だが、直裁的な「殺っちまえ」よりも、殺人者の逡巡が「畳む」と言わせているのかなと思ったのは、もちろん大人になってからのことである。『武蔵』(2001・私家版)所収。(清水哲男)


December 23122003

 落日をしばらく見ざり十二月

                           五味 靖

二月の特性を、物理的な面と心理的な側面の両面から浮き上がらせた佳句だ。十二月は冬至を含む月だから、一年中で最も日照時間が短い。夜明けも、そして日没も早い。だから、オフィスなど室内で仕事をしていると、仕事が終わるころにはもう日が暮れていて、「落日」は物理的に見られない理屈だ。加えてこの月は多忙なので、たとえ日没時間に戸外にいたとしても、悠長につきあう心理的なゆとりのないときが多い。したがって「しばらく見ざりし」いう思いが、たとえば今日のような休日にぽっとわいてくるわけだ。なんでもないような句だけれど、会社勤めの読者には大いに共感できる世界だろう。十二月の句には多忙を詠んだ心理的主観的かつ人事的なものが多いなかで、ちゃんと物理的な根拠も踏まえているところが気に入った。ちなみに、今日の東京地方の入日は四時三十二分だ。暗くなってから「まだこんな時間なのか」と、あらためて実感する人もいるだろう。そのものずばりの句が、岡田史乃にある。「日没は四時三十二分薮柑子」。季語である「薮柑子(やぶこうじ)」の赤い実は正月飾りに使われるから、これまた物理的心理的に押し詰まった感じをよく描き出している。『武蔵』(2001)所収。(清水哲男)


March 1632006

 呼ぶマイクきまつて迷子かざぐるま

                           五味 靖

語は「かざぐるま(風車)」で春。人出の多い公園での状景だ。これからの暖かい季節、私もよく近所の井の頭公園に出かけて行くが、この句と同じようなシーンに出くわすので、一読納得。ただ、井の頭の場合は、迷子以外に駐車の移動をうながすアナウンスも頻繁である。迷子の親の呼び出しが聞こえてくると、つい周りを見回してそれらしい人を捜したくなってしまうものだが、むろんわかるわけもない。十数分くらいの間隔で何度も同じ迷子のことが繰り返されると、まったく無縁の人ながら、なぜ早く引き取りにいってやらないのかと腹が立ってきたりする。でも、いやいや、もしかすると親は子供を探すのに必死になっていて、マイクの声が耳に入らないのかもしれないなどと、逆にひどく心配になるときもある。そして公園につきものの屋台では、春の陽光を受けたいくつもの「かざぐるま」が何事もない風情でくるくると回っており、いつしかアナウンスも途絶えていて、公園を離れるころには迷子のこともすっかり忘れてしまっているという具合だ。私自身は一度も迷子になったりなりかけたこともないのだけれど、探す親も大変だろうが、探される側の子の心細さはどんなものなのだろうか。私に迷子体験のない理由は、はっきりしている。親に公園などに連れて行ってもらった体験が、戦前の学齢前に、それこそ井の頭公園に出来たての動物園にたった一度きりしかなかったからである。どこにも出かけなければ、金輪際迷子になる心配はないというわけだ。『航標・季語別俳句集』(2005)所載。(清水哲男)


June 2262006

 さるすべり辞令束なす半生よ

                           五味 靖

語は「さるすべり(百日紅)」で夏。我が家の窓から見える「さるすべり」はまだ花をつけていないが、そろそろ咲きはじめた地方もあるだろう。この花は、なにしろ花期が長い。秋風が立ちそめても、まだ咲いている。その長い花期の時間が、作者の「半生」のそれに重ね合わされているのだろう。どこか遠くを見るような目で花を見上げながら、作者はぼんやりと来し方を振り返っている。そして、思えば「辞令束なす半生」だったと……。そこには良く今日まで無事に勤め上げてきたものだという感慨と、しかしその間に失ってきたもののことも思われているようで、句にはうっすらとした哀感が漂っている。暑さも暑し。だが、真夏の昼間にも、人は物を想うのである。私はサラリーマン生活が五年ほどと短かったので、むろん束なす辞令とは無縁で来た。でも、その間に三度の入退社があり人事異動もあったので、五年にしては辞令の数は多かったのかもしれない。で、最も役職の高い辞令をもらったのが二十八歳のときだったと思う。辞令には「課長代理待遇」に任ずると書いてあった。ぺーぺーの二十代にしては、けっこうな出世である。と、客観的にはそう思われるだろうが、しかし、話は最後まで聞いてみないとわからない。そんな辞令を会社が交付したのは、単なる給与調整のためだったからだ。その会社に私は途中入社したので、同年代の同僚に比べてかなりの安月給。その辺を横並びに、つまり私の給料を少し上げるために、会社は苦肉の策で「課長代理待遇」なる架空に近いポストをひねり出し、それをもって給料アップの根拠としたのだった。そんな辞令をもらっても、だから依然としてぺーぺーであることに変わりはなかったのである。『武蔵』(2001)所収。(清水哲男)


November 26112007

 ターザンに使われぬまま枯かずら

                           五味 靖

などの世代にとって戦後最初のヒーローといえば、間違いなく、映画の「ターザン」だったろう。私は学校の巡回映画で見た。アフリカの未開の地で類猿人に育てられた彼は、実は英国貴族の末裔という設定だ。彼は人間の言葉がしゃべれない。猛獣との闘いのときなどに「アーーアアァ」という雄叫びをあげるくらいで、あとは人間には意味不明の「言語」を発するのみである。ジャングルを移動するのに、ターザンはいたるところにぶら下がっている植物の蔓を利用して、木から木へと猛スピードで飛び移ってゆく。まことに格好がよろしい。全国の子供たちが、それを真似て遊んだものだった。ターザンのように高いところまでは飛べないけれど、それでも私たちは必死に蔓にしがみつき、「アーーアアァ」と叫びながらわずかな距離を飛んだだけで、すっかりターザン気分になれたのである。敗戦後の何もない時代、それ以上に何もなく裸で活躍するターザンに、私たちがあこがれたのは当然だったと思う。掲句の「ターザン」は、だからワイズミュラーの演じた映画のターザンではなく、その頃の男の子たちを指している。そしていま、往年のターザン「たち」はみな、とっくに還暦を過ぎてしまった。もはや蔓につかまり雄叫びをあげる者などはいなくなり、「かづら」などは誰にも見向きもされないままに枯れてゆくばかり。まさに「昔の光、いまいずこ」ではないか、そんな感慨が読み込まれている句である。「あいずみ文芸」(第二号・2007年10月発行)所載。(清水哲男)




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