♪どんぐりころころ ドンブリコ……。この歌も教科書から消えています。情景は残っているのに。




2001蟷エ9譛18譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

September 1892001

 すずなりの茱萸をかざして通りけり

                           若林いち子

だちょっと「茱萸(ぐみ)」の熟れる季節には早いだろう。霜の降りるころになると、実の赤さが増す。その頃の情景だ。かつての山の子としては、一読「わあっ、なんと豪勢な」と声をあげたくなるような句である。真っ赤な実が「すずなりに」なった大枝を、これ見よがしにサワサワと「かざして」通る人。そこらへんにいくらでも茱萸の木は自生していたが、このような「大物」に出会うことは、めったになかった。だから、作者とともに私もまた、通る人をただうらやましく見つめるだけである。食べたい欲望よりも、所有欲をかきたてられるのだ。柿でも栗でも、あるいはアケビなどでも、野の物に対する気持ちはみな同じように働いていた。そういうことを思い出した。ところで、当歳時記が定本としている角川版歳時記では「茱萸」を秋としているが、厳密に言うと「茱萸」は季語ではない。「茱萸」という名前はグミ科グミ属の総称だからだ。冬をのぞいた三季に、種類の異なったそれぞれの「茱萸」がある。つまり、単に「茱萸」という名前で特定できる植物は存在しないわけだ。したがって、もっともポピュラーなこの季節のものは「秋茱萸」と言い習わしてきた。揚句の情景から推察して、読者はこの「茱萸」を「秋茱萸」と判断することになるのである。『新歳時記・秋』(1989)所載。(清水哲男)


September 1792001

 茹栗を食べて世帯の言葉かな

                           草間時彦

表を突かれた。言われてみれば、なるほど家族間だけで使う「世帯の言葉」というものがある。家族で「茹栗(ゆでぐり・うでぐり)」を食べながら、作者がどういう言葉を口にしたのかはわからない。が、その言葉は、およそ他人の前では使わない(使えない)ものだった。他人には意味不明に聞こえるような言葉か、あるいは聞かれて気恥ずかしくなるような言葉か。そのことにハッと気がついて、すうっと句になった。栗を茹でるのは、焼いたりするのとはちがって、極めて家庭的な行為なので、「世帯の言葉」に抵抗なくつながっていく。さて、この「世帯の言葉」に対するのが「世間の言葉」だろう。私たちはほとんど無意識のうちに使い分けているが、たまに両者がぶつかりあう現場に遭遇することがある。たとえば、客に招かれたときなどがそうだ。このときに招かれた客は「世間」であり、招いた側は「世帯」である。客は当然「世間の言葉」を使うわけだが、招いた側の家族は客には「世間」で応対し、家族同士では「世帯」で応接しなければならない。「世間」に出たことのない子供でもいると、使い分けが明らかにこんがらがってくる。客には意味不明の言葉を使わざるをえなくなって、照れ笑いを浮かべたりする。そんなシチュエーションではないのに、揚句の作者は「世帯の言葉」に気がついた。「世間」では幼児言葉とされているそれでも使ったのだろうか。『櫻山』(1974)所収。(清水哲男)


September 1692001

 或る闇は蟲の形をして哭けり

                           河原枇杷男

の音しきりの窓辺で書いています。窓外は真っ暗と言いたいところですが、東京の郊外といえども、どこかしらに光りがあって、真の闇は望むべくもありません。でも、虫の声の聞こえてくるあたりを見やると、そこはたしかに闇の中という感じがします。あちこちに、とても小さな真の闇がある。その意味では、都会の闇には、いつもそれなりの「形」があると言ってもよいだろう。むろん揚句の闇は、巨大なる真の闇である。鼻をつままれても、相手が誰だかわからないほどの……。だから、この闇には形などないわけで、そんな闇に「蟲(むし)の形」を与えたところが手柄の句。そして「哭(な)けり」の主語は「蟲」ではなくて、あくまでも「闇」そのものだ。平たく言えば、たまたま「闇」が「蟲」の形をして、いま「哭」いているのだよという見立て。したがって、句の「蟲の形」は明確な輪郭を持つものではない。いわば心眼をこらせば「蟲の形」をなしてくる「或る闇」なのだ。見ようとしなければ絶対に見えない「形」だし、見ようとすれば見える感じになる「形」である。故にたとえば「或る時」に「或る闇」は、たまたま人間の形になって哭くこともあるだろう。そんな方向に読者を連れていくのが、この句の大きな魅力だと思った。『密』(1970)所収。(清水哲男)




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