いつの間にやら今年もあと百日を切っている。とんでもない21世紀の幕開きだ。合掌にはまだ早いか。




2001蟷エ9譛25譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

September 2592001

 夜の黄葉運河に並ぶ娼婦館

                           棚山波朗

語は「黄葉(こうよう・もみじ)」。秋に紅葉しないで葉が黄色くなるのは、イチョウ、ケヤキ、クヌギなど。オランダはアムステルダムでの作句だそうだ。詳しくは知らないが、あの国には公娼制度があって、女たちが春をひさぐ「娼婦館」の建ち並ぶ一画がある。四半世紀ほども前に、一度だけ通りかかったことがあるが、いわゆる「飾り窓」システムだった。私には目もくらむような美女たちが、豪華なインテリアで装飾された部屋で、思い思いの格好で客を待っている。彼女たちと交渉する男は、部屋の片隅の表の細いドアから室内に入り、多くの野次馬に見つめられながら「商談」をせねばならない。だからいくら「旅の恥はかき捨て」と言っても、交渉には相当な度胸がいる。もちろん、金もいる。見ていると、商談不成立ですごすごと出てくる客は、ほとんどが黒人であった。「チクショウめっ」と、これは野次馬たる私の代弁。彼女たちには客を断わる権利があり、眺めていた感じでは「春をひさぐ」というような哀れさは微塵もなかった。そのときに「上を見ろ」と、いっしょにいた事情通が言った。「若い女は、こうして一階にいられる。何年かすると、二階に上がる。そのうちに、最上階に追いやられるんだ」。見上げると、上の階にいくほど照明が薄暗くなっていた。いちばん「黄葉」に近いところでは、灯の消えている部屋もあった。以上が、掲句についての私なりの解釈のつもりである。「俳句」(2001年10月号)所載、『雁風呂』所収。(清水哲男)


September 2492001

 臼ニなる榎倒れて夜寒哉

                           中村掬斗

者は一茶門、信州の人。それでなくとも、信州への寒気の訪れは早い。ましてや今日は、夏の間茂り木陰をつくっていた「榎(えのき)」(エノキに「夏の木」という日本字をあてるのは、このことから)が伐り倒され、夜寒もひとしお身にしみる。「榎」は高さ20メートルほどにも及ぶ大木だから、伐り倒された後の光景はさぞや寒々しかったにちがいない。私が気に入ったのは「臼(うす)ニなる」の「なる」。「榎」の材質は堅いので、昔から建材や家具に用いられてきた。が、消費者としての現代人はもはや結果としての建材や家具を目にするだけで、鞠斗の時代の人々のように、目の前の大木が結果としての「臼」になる過程に携わったり見たりすることはない。伐り倒された木の太い部分は「臼」になり、枝の部分は薪炭になる。と、当時の人々は倒された木から、いや木が立っているうちから、ごく自然に過程と結果をイメージできたのだ。その「ごく自然」な心が、臼に「なる」という言い方に表れており、決して臼に「する」ではないのである。木が自然に生長してきたように、今度は自然に臼に「なる」のだと言ってもよい。このことを逆に言えば、当時の読者にとっての掲句の「なる」は、あまりにも当たり前すぎて面白くもなんともなかっただろう。むろん作者の眼目も「なる」にはないので、句意は動かない。『一茶十哲句集』(1942)所収。(清水哲男)


September 2392001

 母の行李底に団扇とおぶひひも

                           熊谷愛子

悼句だろう。亡くなった母親の遺した物を整理するうちに、行李(こうり)を開けたところ、いちばん底のほうから「団扇(うちわ)」と「おぶひひも」が出てきた。彼女は、何故こんな役立たずのものを大事に仕舞っておいたのか。……といぶかしく思いかけて、作者はハッとした。覚えているはずもないが、この「おぶひひも」は赤ん坊の私をおんぶしてくれたときのもの。となれば、この「団扇」は暑い盛りに私に風を送ってくれたものなのだ。二度と使うことはないのに、こうやってとっておいた母の心が、わかったような気がした。母は「行李」を開けたときに、ときどき底のものを見ていたにちがいない。私が反抗したとき、私に馬鹿にされたとき、そして私が結婚して家を出たときなどに……。とくに女性にはプライバシーもへちまもなかった時代には、自分用の「行李」だけは、プライバシーの拠り所だったはずだ。だから、そこに仕舞ってあるのは単なる「物」以上の意味をこめた「もの」も収納されていたのだと思う。このときに「行李」の「底」とは、「心の底」と同義である。何度か読んでいると、自然に涙がにじんでくる。名句である。「おぶひひも」の平仮名が、切なくも実によく効いている。「団扇」は夏の季語だから、一応夏に分類はしておくが、句の本意からすると無季が適切かと。『旋風(つむじ)』(1997)所収。(清水哲男)




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