マイクロソフトがNYで大売り出しの祭をやるそうだ。このあたりの感覚は、完ぺきに違いますなあ。




2001蟷エ9譛27譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

September 2792001

 蝗炒るむかし兵馬を征かしめて

                           糸 大八

語は「蝗(いなご)」で秋。蝗を炒(い)りながら、昔のことを思い出している。思い出しているのは、自分のことというよりも、村の出来事であり歴史である。毎年秋になると、どの家でも、こうして蝗を炒ってきた。いまも炒る。そのことは昔とちっとも変わらないが、変わったこともいろいろとある。で、いちばん村が激変したときといえば、戦時だった。若い衆には赤紙が来て次々に出征していき、農耕馬も軍馬として徴用されていった。見送ったのは老人と女子供であり、残された者に銃後の農作業は辛く厳しいものであった。遂に帰ってこなかった若い衆もいたし、馬たちは一頭も戻ってはこなかつた。いまにして思えば、残った者は人や馬を「見送った」のではなくて、むしろ能動的に「征(ゆ)かしめ」たのではなかったのか。「兵馬を征かしめて」、「むかし」もこうやって平時のように蝗を炒ったものだ。その行為は平時のいまも変わらないが、変わらないからこそ、炒るという平凡で不変な行為が「むかし」の変事を鮮明に炙り出してくるのである。しかし、痛恨という思いではない。時代の高揚感にみずからも昂ぶり、日の丸を打ち振って「征かしめ」たおのれの卑小さを思うのみなのである。作者は現在の六十歳代だから、当時はほんのちっぽけな子供でしかなかった。なのに、この句だ。胸をうたれる。「俳句界」(2001年10月号)所載。(清水哲男)


September 2692001

 剣劇の借景の柿落ちにけり

                           守屋明俊

刈りなどの秋の農繁期を過ぎると、芝居がかかるのが楽しみだった。たまに旅回りの一座がやってくることもあったが、定期的に演じられていたのが素人芝居だ。村の若い衆とおっさん連中が、田圃やら空き地やらに舞台を組んで、クラシックな『瞼の母』やら『国定忠次』やらを演じたものだ。にわか作りの舞台だから、立派な背景画なんぞは望むべくもない。ならば、そこらへんの自然を生かして(「借景」として)やろうじゃないかと知恵を出し、舞台裏に見える景色に合った出し物を選んでいたのだろう。実際、日ごろ無愛想な近所のおっさんが、白塗りで「山は深山(しんざん)、木は古木(こぼく)……」と見栄を切る場面なんぞは、背景がまさにその通りなのだからして「ウマいことを言うなあ」と感心した覚えがある。だから、いまだに覚えているのだ。さて、掲句ではクライマックスの「剣劇」シーンだ。切り狂言といって、この立ち回りが芝居の華。「役者」たちが演出通りに押したり引いたりしていると、背景の柿が突然ぽたっと落ちた。おそらくは、あろうことか舞台の上に落ちてきたのだろう。これで舞台と客席に張りつめていたせっかくの緊張感が、あっけなくも途切れてしまう。なかには、吹き出す奴もいたりする。ここで、芝居はパーだ。柿が熟して自然に落ちる様子は「ぽたっ」というよりも「ぽたあっ」ないしは「ぼたり」と、かなり存在感のある落ち方をする。そこらへんの機微をよく捉え、滑稽感に哀感を振りかけたような味が面白い。いや、お見事っ。『西日家族』(1999)所収。(清水哲男)


September 2592001

 夜の黄葉運河に並ぶ娼婦館

                           棚山波朗

語は「黄葉(こうよう・もみじ)」。秋に紅葉しないで葉が黄色くなるのは、イチョウ、ケヤキ、クヌギなど。オランダはアムステルダムでの作句だそうだ。詳しくは知らないが、あの国には公娼制度があって、女たちが春をひさぐ「娼婦館」の建ち並ぶ一画がある。四半世紀ほども前に、一度だけ通りかかったことがあるが、いわゆる「飾り窓」システムだった。私には目もくらむような美女たちが、豪華なインテリアで装飾された部屋で、思い思いの格好で客を待っている。彼女たちと交渉する男は、部屋の片隅の表の細いドアから室内に入り、多くの野次馬に見つめられながら「商談」をせねばならない。だからいくら「旅の恥はかき捨て」と言っても、交渉には相当な度胸がいる。もちろん、金もいる。見ていると、商談不成立ですごすごと出てくる客は、ほとんどが黒人であった。「チクショウめっ」と、これは野次馬たる私の代弁。彼女たちには客を断わる権利があり、眺めていた感じでは「春をひさぐ」というような哀れさは微塵もなかった。そのときに「上を見ろ」と、いっしょにいた事情通が言った。「若い女は、こうして一階にいられる。何年かすると、二階に上がる。そのうちに、最上階に追いやられるんだ」。見上げると、上の階にいくほど照明が薄暗くなっていた。いちばん「黄葉」に近いところでは、灯の消えている部屋もあった。以上が、掲句についての私なりの解釈のつもりである。「俳句」(2001年10月号)所載、『雁風呂』所収。(清水哲男)




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