October 112001
秋の蝶小さき門に就職する
宮崎重作
ああ、よかったねエ。たとえ「小さき門」の会社だって、とにかく一息はつけるだろうから……。門のある会社といえば、おおかたは製造業だ。じりじりと失業者が増えつつある現在の時点で読むと、他人事ながら素直に祝福したい気持ちになる。ところが、掲句は戦後六年目に詠まれている。1951年(昭和二十六年)。当時の失業率はわからないが、現在の比ではないだろう。もっと高率だったはずだ。だから作者は、たとえ意にそまぬ会社へでも就職できたことを喜んでもよいはずが、その気配もない。「秋の蝶」は力なく弱々しく飛ぶしかなく、みずからも「小さき門」へと力なく弱々しく入っていく。落胆している。終身雇用制が常識だったので、こんなちっぽけな会社に生涯勤めるのかと思うと、気落ちせざるをえなかったのだろうか。俳句はしばしば世相や時の人情を写すが、短くしか語られないので、かえってよくわからないケースが多い。今この句を読んで推測するかぎりでは、少なくとも作者の就職は身近な人からも祝福されていなかったようである。宮崎重作については何も知らないが、気になって作品を追いかけてみた。と、およそ四半世紀後の句に「伊勢の海老阿吽阿吽と喰いはじめ」という句を、ぽつんと見つけることができた。「伊勢海老」は新年の季語だ。なんとなく、ホッとした。『昭和俳句選集』(1977)所載。(清水哲男)
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