花屋は春爛漫。満開の桜の枝も売っているが、売れなかったらどうするのだろうと余計な心配も。




2002ソスN2ソスソス11ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

February 1122002

 春の空人仰ぎゐる我も見る

                           高浜虚子

のない青空でも、「春の空」は靄(もや)がかかっていて、白くうるんでいるようだ。そんな空を、誰かが立ち止まって振り仰いでいる。何を熱心に見ているのだろう。鳥か、飛行機か、それとも何か珍しい現象でも……。人の心理とは面白いもので、つい一緒になって仰いでしまう。その人の目線に見当をつけて、何かわからぬものを求めて一心に目を凝らす。透明な空ではないので、同じ方角のあたりをあちこち探し回ることになる。いいトシの大人が、好奇心いっぱいで空を仰いでいる図はユーモラスだ。春ならではののどかさが、じわりと伝わってくる。掲句には実はオチがあって、「春の空人仰ぎゐる何も無し」ということだった。なあんだ。でも、この「なあんだ」も如何にも春の心持ちにフィットする。無内容と言えば無内容。しかし、こういうことが表現できる文芸ジャンルは、俳句以外には考えられない。このあたりが、俳句様式のしたたかなところだろう。無内容を面白がる心は西洋にもあるけれど、俳句のそれとはかなり異なるようである。無内容を自己目的化して表現するのが西洋的ナンセンス詩だとすれば、目的化せずに表現した結果の無内容を楽しむのが俳句ということになろうか。『七百五十句』(1964・講談社「日本現代文学全集」)所収。(清水哲男)


February 1022002

 春の闇幼きおそれふと復る

                           中村草田男

語は「春の闇」。夜の闇ではあるが、感覚的にはうるんだような、しろじろとした光りのあるような闇夜だ。どこか艶なる感じもあって、気分が安らぐ。掲句は、そんな闇のなかで眠りにつこうとしたときの、たまさかの心の揺らぎを詠んだのだろう。「幼きおそれ」の中身は、もとより知る由もない。とにかく、春の闇に身を横たえている安らぎのなかに、「ふと」幼き日のおそれが復(かえ)ってきたのである。仮に他人に話したとしても、一笑に付されてしまいそうな他愛ないおそれ……。だが、当人にとっては、なかなか眠れそうにないほどのおそれなのだ。どなたにも、多少とも覚えがあるのではなかろうか。でも、何故こういうことが起きるのだろう。心理学的解説は知らねども、人が安らぐ心持ちというものが、多くかつての幼児期の心に退行し重なり合うからだろうと、私には体験的に思われる。だから、白昼多忙時には片鱗も思い出すことのない思いが、安らぎを引き金にして、ごく自然によみがえってくることがある。幼き日のおそれが、当時と等価で戻ってきてしまうのだ。むろん私にも「幼きおそれ」はちゃんとあるけれど、やはりここに書けるようなことではない。両親や周囲の大人たちでも、絶対に助けてくれっこないような恐ろしいことが、身に迫ってくる。この怖さは、幼い心におぼろに芽生えはじめた自立心の所産だったのだろうなと、なるべくそう思うようにしてはいる。が、怖いものは怖い。『合本俳句歳時記』(1997・角川書店)所載。(清水哲男)


February 0922002

 借財や干鱈を焙る日に三度

                           秋元不死男

語は「干鱈(ひだら)」で春。助宗鱈(スケソウダラ、スケトウダラとも)をひらき、薄く振り塩をして干したもの。軽く焙(あぶ)って裂き、醤油をつけて食べる。草間時彦に「塩の香のまず立つて干鱈あぶりをり」の句があって、いかにも美味そうだ。酒の肴にするのだろう。が、掲句はそんなに粋な情景ではない。酒肴というものは、だいたいが一寸ずつつまむから美味いのであって、掲句のように三度三度の食卓に乗せるとなると、誰だって辟易してしまうだろう。スケソウダラは、昔はマイワシと同じくらいに大量に獲れたので、安い魚の代表格だった。敗戦直後のニュース映画で、女性代議士が「毎週スケソウダラの配給ばかりでは、庶民はたまったものではない」と政府に詰め寄っているシーンがあったのを覚えている。一方のマイワシについては、穫れすぎて、北海道では道路の補修工事に使っていたほどだったという。そんな背景があっての掲句である。「借財」の重さを思いながら、三度三度干鱈を焙る男の姿は、やけに哀しく切ない。しかし、その干鱈さえ満足に口にできなかった人々もたくさんいた。我が家だけではなかった。『新歳時記・春』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)




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