魑エ謌ク螂郁除縺ョ句

February 1822002

 汽笛一声ヒヨコが咲きぬヒヨコが

                           鳴戸奈菜

のため「猫の子」(春)や「鴉の子」(夏)などのように、「ヒヨコ」も季語になっているのかなと調べてみたが、季語ではなかった。鶏には、とくに繁殖期などはないのだろうか。子供の頃、三十羽ほどの鶏の世話をしていたくせに、まったく覚えていない。でも、あの小さくてふわふわとした愛らしい姿は、なんとなく春を想わせますね。この句、私は実景として読んだ。場所はたとえば、SLが常時走っていたころの山口線は無人駅近辺の農家の庭先だ。今でもあると思うが、駅と庭とが地続きになっている。庭では、たくさんのヒヨコたちが放し飼いにされている。のどかな春昼。そこに突然、発車合図の「汽笛一声」だ。驚いたのなんの。ヒヨコたちは、四方八方にめちゃくちゃに走り回ることになる。黄色い集団が、一斉にぱあっと四散するのである。その様子は、まさに「ヒヨコが咲きぬ」なのだ。下五(字足らずだが、空白の一字が埋め込まれている)で、もう一度「ヒヨコが」と言ったのは、ヒヨコが「咲く」と直感的に見えた自分の感覚に対する再確認である。本当に「咲く」んだよ、ヒヨコは……、と。センス抜群。ヒヨコには気の毒ながら、楽しくも素晴らしい句です。「俳句研究」(2002年3月号)所載。(清水哲男)


March 2332005

 春の木になりて縄など垂らすかな

                           鳴戸奈菜

い句だ。いや、逆に可憐な句と言ってもよい。一読,鮮やかな女性「性」を感じた。が、もしかすると作者はそのことに無意識であるかもしれない。それほどに、句柄がすっとしているからだ。でも、男が読めば、すっとしているほどに強い女性「性」を感じるのである。作者の名前が伏せられていたとしても,男の句ではないことがすっと伝わってくる。同じようなことを詠むとしても、男だったら「春の木を見れば縄など垂れている」程度になるだろうか。夏や秋の木ではなく、ましてや冬のそれでもなく,これから花開こうかという「春の木になる」。明るくも生臭い春の木は、しかしみずから動くことはかなわない。あくまでもじいっと立ったままなのであり、徹底して受け身である。その身悶えせんばかりの悩ましさから,少しでも解放されるために、せめて出来ることと言えば「縄など垂らす」ことくらいだろう。木の芽時の縄だから、もとより通りかかる誰かの自殺への誘惑装置として垂らすのだ。そこが「怖い」と感じさせる所以だが,しかし女性の根元的な「性」、当人も無意識であるかもしれない「性」のありようには、常に「縄など垂らす」ようなところがあるのだと思う。突き詰めた物言いをしておけば、死への誘惑がひそんでいる。したがって、その意味で理解するとなると、何の外連み(けれんみ)も無くすっと提出している作者の心情は,むしろ可憐の側にあるとも言えるのである。『鳴戸奈菜句集』(2005・ふらんす堂)所収。(清水哲男)


February 1622008

 椿の夜あたまが邪魔でならぬかな

                           鳴戸奈菜

椿の花の時期は長いが、盛りは二月半ばから三月。花弁を散らしつつ、咲きながら散りながら冬を過ごす山茶花とは異なり、ぽたっと花ごと落ちるので、落椿という言葉もある。木偏に春は国字というが、あまり春の花という印象が強くない気がするのは、その深緑の葉の硬質な暗さや、春風を感じさせることのない落ち方のせいだろうか。それにしても掲句、あたまが邪魔なのだという。ひらがなの、あたま、は、理性、知性、思慮分別。もっと広く、本能以外のものすべてであるかもしれない。ものみな胎動し始める早春の闇に引きこまれるように、本能のおもむくままでありたい自分と、そんな一瞬にも、椿の一花が落ちる音をふと聞き分けるほどの冷静さで自分を見つめる自分。ならぬかな、にこめられた感情の強さは、同時に悲しみの強さともいえるだろう。一度お目にかかった折の、理知的で穏やかで優しい印象の笑顔と、「写生とは文字通り、生を写すこと」という言葉を思い出している。『鳴戸奈菜句集』(2005・ふらんす堂)所収。(今井肖子)


August 2482010

 八月のしずかな朝の出来事よ

                           鳴戸奈菜

本人にとって8月の持つ背景は深く重い。上五に置かれた「八月」の文字は、次の言葉を待つわずかな間にも胸を騒がせ、しくと痛ませる効果を持ってしまう。先の戦争がことに大きな影を落していることは確かだが、そこにとらわれ、身動きできなくなっているのではないかと、世界の8月の出来事を見渡してみた。すると、西暦79年の本日、ポンペイでは朝から不気味な地鳴りが続き、昼頃ヴェスヴィオ火山の大噴火によって消滅した日であった。この時節が持つやりきれなさと屈託は、もしかしたら全人類、世界的に共通しているのかもしれない。作品は〈山笑うきっと大きな喉仏〉〈あのおんな大の苦手と青大将〉の持ち前の明るくユニークな作品にはさまれ、饒舌のなかにおかれた静寂の一点でもあるように、ゆるぎない光りを放っている。俳誌「らん」(2010年・季刊「らん」創刊50号記念特別号)所載。(土肥あき子)


December 13122010

 冬うらら隣の墓が寄りかかる

                           鳴戸奈菜

るで電車の座席で隣りの人が寄りかかってくるように、墓が寄りかかっている。実景であれ想像であれ、作者はその光景に微笑している。微笑を浮かべているのは、なんとなく滑稽だからという理由からではないだろう。このとき作者はほとんど寄りかかられた側の墓の心持ちになっていて、死んでもなお他人に寄りかかってくる人のありようを邪魔だとか迷惑だとかと思わずに、許しているからだと思われる。この心境は同じ句集のなかにある「冬紅葉愛を信ずるほど老いし」に通じており、老いとともに現れる特有のそれである。若ければ寄りかかってきた人を無神経だとかガサツだとかと撥ね除けたくなるのに、老いはむしろそれを許しはじめる。なにはともあれ、そんな迷惑行為ができるのも生きているからなのだと、生命の側からの思いが強くなるからなのである。それがまた、掲句では相手の墓の主は死んでまで寄りかかってきた。それを、どうして迷惑なんぞと振り払うことができようか。うららかな冬晴れのなかで、作者はしみじみと「愛」を信ずる情感に浸っている。『露景色』(2010)所収。(清水哲男)


January 0712012

 生きている人がたくさん初詣

                           鳴戸奈菜

の句には昨年、年が明けてほどなく出会った。とても印象深かったのだが一月も半ばになっていて、初詣の句を鑑賞するには遅すぎるだろうから来年の一句目はこの句で、と決めたことを記憶している。父が亡くなって一年と少し、たくさんの生きている人、を実感している作者に共感したのかもしれない。初詣の人混みを、生きている人がたくさん、と言う作者に、何人ものかつて生きていた大切な人の影を色濃く感じたのだった。そしてさらに一年が経ち、あらためてこの句を読むと、生きている人がたくさん、の言葉は、素直に人間の生命力なのだとも思える。読み手は常に生きている人、生き続ける俳句とはいったい、などと考えもする年頭である。『露景色』(2010)所収。(今井肖子)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます