初月給は21900円だった(1964年)。新卒平均より少し下。何に使ったか、覚えなし。




2002ソスN4ソスソス26ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

April 2642002

 南朝に仕へたる太刀飾りけり

                           民井とほる

錦の御旗
語は「武具飾る」で夏。端午の節句を前に、兜や太刀を飾ること。いまどきこうした家庭は少なくなったろうが、ウソかマコトかは知らねども、それなりの家の由緒をあらわす武具を受け継いでいる家は、地方の旧家に多かった。作者の家でも、吉野に逃れた後醍醐天皇に仕えた証拠の「太刀」が先祖代々の宝物として残されてあり、五月の節句には必ず飾ってきたのだ。飾った太刀を眺めている作者は、ずいぶんと誇らしげである。このへんが人間の面白いところで、六百年以上も昔の政変が身近に感じられ、武者ぶるいの一つもしかねない。世に南朝びいきは多いけれど、それはもとより後醍醐天皇の悲運の生涯への同情もある。が、こうした曰くありげな武具が、そこらへんにたくさん残されていることにもあるだろう。所有者は武具の真贋なんぞは問題ではなく、いや問題になどしたくなく、理屈抜きに南朝びいきになってしまう。そのひいきする心がまた、武具をより本物に仕立て上げるとでも言うべきか。この太刀ないしは刀袋に紋が付いているとすれば、新田義貞が後醍醐天皇より賜ったという「日月(じつげつ)」のそれであるはずだ。倒幕の官軍がひらひらさせて進軍した「錦の御旗」に刺繍されたものと、デザイン的には多少の変化が見られるようだが、同じ出自の紋である。写真は、江戸東京博物館のページから引っ張ってきた。実際に倒幕のときに使用された「錦の御旗」だという。東征に従軍した伊予大洲(いよおおず)藩に、薩摩藩を通して下賜されたと伝えられている。しばしば私たちは何かを批判するときに、相手を「錦の御旗」持ちと揶揄したりするが、具体的な旗のイメージを知る人は少ないと思うので……。『合本俳句歳時記』(1997・角川書店)所載。(清水哲男)


April 2542002

 帆に遠く赤子をおろす蓬かな

                           飴山 實

語は「蓬(よもぎ)」で春。海の見える小高い丘に立てば、遠くに白帆が浮かんでいる。やわらかい春の陽光を反射して、きらきらと光っている水面。気持ちの良い光景だ。作者はここで大きく背伸びでもしたいと思ったのか、あるいは腕のなかの「赤子」の重さからちょっと解放されたかったのかもしれない。たぶん、赤ん坊はよく眠っているのだろう。あんなにちっぽけでも、重心の定まらない赤ん坊を長時間抱っこしていると、あれでなかなかに重いのである。手がしびれそうになる。「おろす」のにどこか適当な場所はないかと見回してみても、ベンチなどは置いてない。そこで、やわらかそうに群生している「蓬」の上に、そおっとおろしてみた。このときに作者の目は、白帆の浮かぶ海からすうっと離れて、視野は濃緑色のカーペットみたいな蓬で満たされる。この視線の移動から、どこにも書かれてはいないけれど、父親としての作者の仕草がよくわかる。そっとかがみこんで、いとしい者を大切に扱っている様子が、読者の目に見えてくる。蓬独特の香りも、作者の鼻をツンとついたことだろう。蓬に寝かされた赤ん坊は、まだすやすやと気持ち良さそうに眠っている。やさしい風が吹いている。『少長集』(1971)所収。(清水哲男)


April 2442002

 総金歯の美少女のごとき春夕焼

                           高山れおな

語は「春夕焼」。単に夕焼といえば、盛んに見られる夏の季語だ。夕焼は四季を問わずに出現するが、春の夕焼は柔らかな感じがするので、他の季節のそれとは区別してきた。で、この一般的なイメージに逆らっているのが、掲句。「よく見てご覧。そんなにうっとりと見つめられるような現象でもないよ」と、言っている。例えれば色白の「美少女」の柔らかい頬が少しゆるんで、にいっと「総金歯」が剥き出しになっているようじゃないか。そんな不気味なまがまがしさを含んだものとして、作者には見えている。なんともおっかない感受性だが、この句を知ってしまった以上、次に春夕焼を見るときにはどうしても総金歯にとらわれることになる。どのあたりが金歯なんだろうかと、じいっと見つめることになる。でも、この句を好きになれる人は少ないでしょうね。私も同様です。が、春の夕焼を固定観念でなんとなく見ている私などには、反省を強いられる句であることも確かだ。自分の感受性くらい自分で磨けと言った詩人がいたけれど、俳句を考えるときには季語の固定観念に引きずられて、どうも自分の感受性をないがしろにしてしまうところがある。読者に受け入れられようがどうしようが、固定観念では押さえきれない異物感があるのなら、金歯でもなんでも持ちだしてみることは、自分にとって大切なことなのだ。殊勝にも、そんなことを思わされた一句なのでした。蛇足。実際に、総金歯の人に会ったことがある。口の中に財産を貯め込む発想に、うっとりしていた変なおじさんだったけど。『ウルトラ』(1998)所収。(清水哲男)




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