仕事柄、いつの間にか山のようにカセットテープが貯まっている。捨てるに捨てられず。




2002ソスN5ソスソス1ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

May 0152002

 磯に遊べリメーデーくずれの若者たち

                           草間時彦

語は「メーデー」で春。労働者の祭典だ。1958年(昭和三十三年)の句。私はこの年に大学に入り、多くの同級生がデモ行進に参加したが、私は行かなかった。いまと違って当時の行進は、あちこちで警官隊と小競り合いを起こす戦闘的なデモだったので、二の足を踏んでしまったわけだ。皇居前広場の「血のメーデー」事件から、六年しか経っていない。句に登場する若者たちは、デモに参加した後で、屈託なくも「磯遊び」に興じている。近所の工場労働者だろう。メーデーに参加すれば出勤扱いとなるので、午前中の行進が終われば後の時間はヒマになる。おそらく、ビアホールなどに繰り出す金もないのだろう。赤い鉢巻姿のままで磯に来て、無邪気にふざけあっている。ほえましいような哀しいような情景だ。この年は、年明けから教師の勤務評定反対闘争が全国的に吹き荒れ、岸信介内閣のきな臭い政策が用心深く布石され、しかも日本全体がまだ貧乏だったから、人々の気持ちはどこか荒れていた。鬱屈していた。「メーデーくずれ」の「くずれ」には、メーデーの隊列から抜け出てきたという物理的な意味もあるが、「若者よ、もっと真面目に今日という日を考えろ。未来を担う君らが、こんなところで何をやっているのか」という作者の内心の苛立ちも含められている。苛立っても、しかし、どうにもらぬ。「そう言うお前こそ、何をやってるんだ」。そんな作者の自嘲的な自問自答が聞こえてきそうな、苦い味のする句だ。『中年』(1965)所収。(清水哲男)


April 3042002

 落球と藤の長さを思いけり

                           あざ蓉子

語は「藤」で春。作者は、意表を突く取り合わせを得意とする。したがって、あまり句の意味や理屈を考えないほうがよい。作者のなかで感覚的にパッとひらめいたイメージを、楽しめるかどうか。そこが、読者のポイントとなる。はじめ私は「落球」を、フライを捕りそこなってポロリとやるプレーのことかと読んで、どうにもイメージが結ばなかった。野球好きの人ならたいていそう読んでしまうと思うけれど、そうではなくて、単に落下してくる球のことと素直に読めばよいのだと気がついた。上空に打ち上げられた球が、すうっと落下してくる。その軌跡を、まるで長く垂れ下がった「藤」蔓のようだと「思いけり」ということだろう。一個の落球は一つの軌跡しか描かないが、野球場ではたくさんの飛球が上がるから、それらが落下してくる残像をいちどきに思い出すと、さながら天の藤棚からたくさんの蔓が流れ落ちているようにイメージされる。それも一試合の残像ではなく、何十何百のゲームのそれを想起すれば、まことに豪華絢爛な像を思い浮かべることもできる。作者がそこまでは言っていないとしても、私のなかではそんなふうに幻の藤蔓がどんどん増殖していって、大いに楽しめた。俳誌「花組」[第57回現代俳句協会賞受賞作品50句](2002年春号)所載。(清水哲男)


April 2942002

 小説に赤と黒あり金魚にも

                           粟津松彩子

語は「金魚」で夏。金魚は一年中いるけれど、夏になると涼しげな気分をそそるからだろう。はっはっは、思わず愉快な気分になってしまった。『赤と黒』は、言わずと知れたスタンダールの「小説」だ。1830年代、混乱期のフランスの一地方とパリを舞台に、田舎出の青年ジュリアン・ソレルの恋と野望の遍歴を描いている。学生時代に読んだので、朦朧たる記憶しかないけれど、どこが名作なのか、よくわからなかったことだけははっきりと覚えている。映画化もされたが、見たような見なかったような……。そんなわけで、多分作者も若い頃に読むには読んだが、さして感心しなかったのだろうと思われた。「赤と黒」だなんて、「金魚」だってそうじゃないか。ふん。てな、ところかな。落語や漫才の世界に通じる軽い諧謔味があり、俳句でなければ出せない面白味がある。松彩子は京都の人で、虚子門。なにしろ十八歳(1930年)で「ホトトギス」に初入選して以来、卒寿(九十歳)を過ぎた今日まで、一度も投句を欠かさなかったというのだから、まさに俳句の鬼みたいな人物だ。長続きした背景には、このような軽い調子の句を受け入れ続けた「ホトトギス」の懐の深さがあったればこそのことではあるまいか。といって、句集の句がすべてこのような彩りなのではない。むしろ、掲句は傍系に属する。その内に、おいおい紹介していくことにしたい。なんだか今日は、とてもよい気分だ。『あめつち』(2002・天満書房)所収。(清水哲男)




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