「ニッポン、チャチャチャ」第三日。佐藤鬼房に「この飢や遠くに山羊と蹴球と」あり。




2002ソスN6ソスソス14ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

June 1462002

 スリッパのまま誰ぞすててこ穿かんとす

                           大住日呂姿

語は「すててこ」で夏。命名は、明治期に三遊亭円遊が寄席で踊った「すててこ踊り」に由来するという。汗を吸い取ってくれる、だぶだぶの男物の下穿きだ。最近はズボンの線が崩れるとかで、穿(は)かない男が多い。最初に公然と「ダサい」と言ったのは、デビュー当時の加賀まりこだった。それはともかく、作者は「誰ぞ」ととぼけてはいるけれど、むろん自分だろう。よほどあわてていたのか、普段はこんなにおっちょこちょいではないのに、何故かなあと苦笑している。温泉場などでは、よくやってしまいそうな失敗だ。作者の本意はこれまでだろうが、私は笑ったと同時に、笑ってすまされないものも感じてしまった。還暦くらいの年齢になってくると、この種のことをしばしば引き起こすようになるからだ。身体が自然に覚えているはずの手順が、ときとして狂ってくる。そのたびに苦笑しながらも、だんだん笑い事でもなくなってくるのだ。そこで、あらかじめ手順を頭の中で組み立てて反芻しながら、いかにも自然を装いつつ行動に移す。温泉場なら、すててこを穿いてからスリッパを履き、穿いたら使ったタオルなどをきちんとして……。こういう手順をあらかじめ想定しておかないと、何かをやらかしたり忘れたりしてしまう。もちろん一事が万事ではないが、こういうことが徐々に増えてくる。そんな自分を思いつつもう一度掲句を読むと、「誰ぞ」はまぎれもなく「私」であることになる。『埒中埒外』(2001)所収。(清水哲男)


June 1362002

 空港の別れその後のソーダ水

                           泉田秋硯

語は「ソーダ水」で夏。句を読んですぐに思い出したのが、いろいろな歳時記に載っている成瀬櫻桃子の「空港のかかる別れのソーダ水」だ。空港の喫茶室でくつろぐ人はいないから、メニューにもあまり上等な飲み物は並んでいない。客にしても飲み物を味わうというよりは、場所取りのために何かを注文するのであって、このときに安価で長持ちのする「ソーダ水」などが手頃ということだろう。さて掲句だが、空港に見送りに行くくらいだから、その人とは別れがたい思いで別れたのだ。今度は、いつ会えるのか。もしかすると、二度と会えないかもしれない。すぐには空港を去りがたく、ちょっと放心したような思いで喫茶室に入り、ソーダ水を前にしている。むろん、ソーダ水を飲みたくて頼んだわけではない。櫻桃子句が別れの切なさを正面から押し出しているのに対して、泉硯句は切なさの後味をさりげなく表現してみせた。もしかするとパロディ句かもしれないが、現場のドラマを描かずになおよくドラマの芯を伝えているという意味で、とても洒落た方法のように思える。カッコウがよろしい。他のいろいろなドラマを詠むのにも応用できそうな方法だが、しかし、これは作者だけの、しかも一回限りの方法だ。頻発されれば、鼻白むばかり。一見地味な句に見えるけれど、この方法に思いがいたったときの作者の心の内は、それこそソーダ水のごとくに華やいだことだろう。『月に逢ふ』(2001)所収。(清水哲男)


June 1262002

 物指をもつて遊ぶ子梅雨の宿

                           星野立子

のために表に出られない旅館の子が、帳場のあたりでひとりで遊んでいる。それも子供らしい遊び道具でではなく、「物指(ものさし)」を持って遊んでいるところへの着目が面白い。男の子だったら、物指を刀に擬してのチャンバラの真似事だろうか。宿の様子については何も描写はされていないけれど、子供と物指との取りあわせが宿全体の雰囲気を雄弁に語っている。観光地にあるような大きな旅館ではなく、経営者の家族の住まいも片隅にある小さな宿であることが知れる。それも満室ではなく、閑散としている。もしかすると、他に泊まり客はいないのかもしれない。作者は出そびれて無聊をかこち、子供はそれなりの遊びに無心に没頭していて、さて表の雨はいっこうに止む気配もない。そんな雨の降りようまでが感じ取れる。うっとおしいと言うよりも、今日はもう出かけるのをあきらめようと思い決めた作者の気持ちが、じわりと伝わってくるような句だ。子供がいる宿には何度か泊まったことがあるが、店主の子供が出入りする町の食堂などと同じように、そういうところの子供には不思議な存在感がある。あちらはごく普通の生活空間として動き回り、こちらは非日常空間として受け止めるからなのだろう。その昔香港の食堂で、大きな飼い犬までが出てきたときには、さすがにまいった。『続立子句集第二』(1947)所収。(清水哲男)




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