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July 2472002

 黒眼鏡暗しふるさと田水沸く

                           西村公鳳

語は「田水沸く」で夏。この季節の田圃は強烈な陽射しのために、湯のように熱くなる。化学肥料に頼らなかった時代には、この熱い田圃に入って草を取るのが夏の農家の大仕事だった。一番草から三番草まで、焼けつくような太陽を背に黙々と草を取る大人たちの姿が忘れられない。よくぞ熱中症で倒れなかったものだ。亀村佳代子に「鳥影も煮立つ田水の二番草」があるが、決して大袈裟な物言いではないのである。掲句は、そんな「ふるさと」での暮らしを嫌って、都会に出ていった男の作だと読める。夏休みでの帰省だろうか。一面の田圃が照り返す光りのまぶしさに、都会で常用している「黒眼鏡」をかけた。いきなり「ふるさと」は暗くなり、田水の湧く熱気が暗く立ち上ってくるばかり……。この暗さは、黒眼鏡による物理的な暗さでもあるが、作者の内心から来るそれでもあるだろう。昔からの多くの農村脱出者に共通する、ひさしぶりの故郷を前にしたときの後ろめたくもやりきれない暗い心情が、田水のように心のうちに沸いてくるのだ。言うところの故郷に錦を飾れたのならばまだしも、都会での仕事に何一つ誇りを持つことのできないでいる男の帰郷はかくのごとしと、作者は黒眼鏡をかけたまま憮然としている。『新歳時記・夏』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)




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