マ灰句

July 2772002

 蚊帳といふ網にかかりし男かな

                           穂積茅愁

かや
語は「蚊帳(かや)」で夏。蛇足ながら、「蚊帳」の読みは漢字検定2級程度のレベルだそうです。昔は必需品だったが、今はなつかしい思い出の一部となってしまった蚊帳。「蚊帳吊りし昭和の釘の残りけり」(成井侃)。蚊帳をくぐって入れば、そこは別世界のように思われた。いわば、部屋の中の部屋。透けてはいるけれど、密室に入った感じがした。緑がかった色で赤い縁取りのある蚊帳が多かったのを記憶している。が、あれはいかなる発想から決められた色なのか。寝具の老舗「西川」のHPによれば、次のようだ。「今日、蚊帳といえば、萌黄(もえぎ)色に紅布の縁がついたものをイメージするが、これがいわゆる近江蚊帳であり、そのデザインを考案したのが二代目甚五郎であった。一説によれば、甚五郎が商用で江戸に下る途中、箱根で『夢の啓示』をうけ、新緑に日がさしている美しいイメージを再現したものといわれる。緑と赤のモダンな色彩の近江蚊帳が評判をよび、やがて蚊帳全体の代名詞ともなり、広く普及していくのである」。ものが蚊帳だけに、夢の啓示か(笑)。しかし、新緑に日が射しているイメージとは驚く。はじめて知った。そんなイメージを、蚊帳に思い描いたことは一度もなかった……。そしてまた、色も世に連れるというわけで、最近でも売られている蚊帳の色は白色が主流のようである。さて、掲句については、言うだけヤボだ。密室に引き込まれてしまえば、それだけで勝負はついたも同然なり。他人事みたいに書いてはいるけれど、ま、読者の御想像にまかせましょうというところか。絵は弄春齋榮江。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)




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