偶然に生き残った者として正午に黙祷を捧げる。今年も辛い声で法師蝉が鳴き始めた。




2002ソスN8ソスソス15ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

August 1582002

 終戦日ノモンハン耳鳴りけふも診る

                           佐竹 泰

戦の日がめぐってきた。今日という日に思うことは、どれをとっても心に重い。その思いを数々の人が語り書きついできており、俳句の数だけでも膨大である。歳時記のページを開くと、一句一句の前で立ち止まることになる。そんなページに掲句を見つけて、はっとした。もしかすると、この句の情景は終戦日当日のそれであったのかもしれないと思ったからだ。むろん当日には「終戦日」という季語はないのだから、実際には何年かを経て詠まれたのだろう。が、詠んだ情景が戦争に敗けた日のことだとするならば、より感動は深まる。あの日は正午から玉音放送があるというので、仕事どころではなかった人が大半だったはずだ。しかし一方で、仕事を休むわけにはいかない人々もいた。作者のような医者も、その一人だ。世の中に何が起きようとも、待っている患者がいるかぎり、診察室を閉じるわけにはいかない。だから、この日もいつものように診察したのである。しかも患者は、ノモンハン参戦で耳鳴りが止まらなくなった人だ。難聴の人にとって、玉音放送などは無縁である。ノモンハン事件は、1939年(昭和十四年)5月から9月にかけて、満州(中国東北)とモンゴルの国境ノモンハンで起こった日ソ両軍の国境紛争だった。日本は関東軍1万5千名を動員したが、8月ソ連空軍・機械化部隊の反撃によって壊滅的打撃を受けた。事件から六年を経て、なおこの人は後遺症に苦しんでいたことになる。さりげない句のようだが、戦争の悲惨を低い声でしっかりと告発している。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)


August 1482002

 樟脳舟しやうなう尽きてしまひけり

                           菊田一平

樟脳舟
季句としてもよいが、当歳時記では夏に分類しておく。「樟脳舟(しょうのうぶね)」は、夏祭りの屋台店などでよく売られていた玩具だからだ(写真はここより借用)。ぺなぺなのセルロイド製の小舟で、後部に樟脳を挟むところがあって、洗面器に浮かべると思いがけないスピードで走り回った。たいていは夜店のサンプルのほうが長時間走っていたが、あれは取り付ける樟脳の量が売り物よりも多かったのか、おじさんの腕前がよかったのか。これだけ洗面器で走るのならと、本物の池に浮かべてみた奴がいたけれど、あえなく沈没してしまいベソをかいていたっけ……。汚れた水では、樟脳のパワーが落ちてしまうらしい。ちなみに、樟脳はクスノキの根や幹から抽出し、昔から防虫剤として使われてきた。医薬分野では「カンフル」と呼ぶ。気化性に富むので、その性質を巧みに利用したのが樟脳舟だ。掲句は、買ってきて機嫌よく走らせていた舟が、ついに走らなくなってしまったときの何とも言えない気持ちを詠んでいる。ちょっぴりしかない樟脳を大事に大事に使ってきたのに、ついに燃料切れになった。「しやうのう」の平仮名表記が、「しようがない」みたいに見えて面白い。いや、切ない。あきらめきれずに、じっと洗面器の舟をみつめている少年の姿が浮かんでくる。今年の夏も、そろそろおしまいだ。『どっどどどどう』(2002)所収。(清水哲男)


August 1382002

 羅におくれて動くからだかな

                           正木浩一

性用が圧倒的に多いが、「羅(うすもの)」には男性用もある。作者は、たぶん身体がだるいのだろう。盛夏にさっと羅を着ると、健康体なら心身共にしゃきっとした感じがするものだが、どうもしゃきっとしない。動いていると、着ているものに「からだ」がついていかないようなのだ。その違和感を「おくれて動く」と言い止めた。ゆったりと着ているからこその違和感。着衣と身体の関係が妙に分離している感覚を描いて、まことに秀逸である。羅を着たことのない私にも、さもありなんと思われた。作者は現代俳人・正木ゆう子さんの兄上で、1992年(平成三年)に四十九歳の若さで亡くなっている。生来病弱の質だったのだろうか。次のような句もあるので、そのことがうかがわれる。「たまさかは濃き味を恋ふ雲の峰」。カンカン照りの空に、にょきにょきと雲の峰が立ち上がっている。このときは、多少とも体調がよかったようだ。雲の峰に対峙するほどの気力はあった。が、医者から「濃き味」の食べ物を禁じられていたのだ。健康であれば、猛然と塩辛いものでも食べるところなのだが、それはままならない。やり場のない苛立ちを押さえるようにして、静かに吐かれた一句だけに、よけい心に沁みてくる。『正木浩一句集』(1993)所収。(清水哲男)




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