October 072002
とつぜんに嘘と気づいて薮虱
岡田史乃
季 語は「薮虱(やぶじらみ)」で秋。名前は知らなくても、写真から思い当たる方も多いだろう。山道や野原を歩いていると、いつの間にか薮虱の実が衣服についていることがある。動物にも付着し、この植物が種をばらまくための知恵と言ってよい。そんな薮虱がついていることに「とつぜん」気づくように、誰かに騙されていたことに気づいたというのである。こういうことは、よく起きる。笑い話程度の嘘のこともあれば、深刻な中身をはらんだ嘘のこともある。とにかく、とつぜんに「ふっ」と気がつくのだ。嘘ばかりではなく、なかなか思い出せなかった人の名前や地名など、これはいったい如何なる脳の仕組みから来るものなのだろうか。句に戻れば、嘘の中身は薮虱の実が簡単には払い落とせないことからすると、笑ってすませられるようなものではないことがうかがえる。不愉快を覚えて力任せに払い落としてみるが、たとえ実だけは落ちたとしても、何本かのトゲが残ってしまう薮虱のように後を引く嘘なのだ。嘘と薮虱。取り合わせの妙に、作者の感度の良さを称賛しないわけにはいかない。写真は、青木繁伸(群馬県前橋市)氏の撮影によるが、部分を使わせていただいた。薮虱の花の写真は多いのだけれど、命名の所以である実の写真は意外に少ない。『浮いてこい』(1983)所収。(清水哲男)
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