喪中のため、新年の挨拶を欠礼するという葉書が届いた。もうそんな季節になったのか。




2002ソスN11ソスソス14ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

November 14112002

 セーターの黒い弾力親不孝

                           中嶋秀子

語は「セーター」で冬。二十歳のときの作句だという。学生であれば、まだ親がかりの身。半人前でしかないわけだが、当人は一人前のような気になりはじめる年ごろだ。何かにつけて親の存在がうっとうしくなり、反抗的な態度も出てくる。「弾力」は、むろん自分の身体的な若さ、しなやかさを言っているのだけれど、それを「黒い」ととらえたところで、句が成立した。黒いのは単に着ているセーターの色にすぎないのだが、その黒色は身体のみならず精神までをも覆っているという発見。精神の若さ、しなやかさもが黒く染められているという自覚。このときに、ふっと「親不孝」を思った作者の感覚は、しかし、まだまだ初々しい。生意気ではあっても、イヤみがない。だから、微笑して読むことができる。作者二十歳の黒い心の中身は知らねども、そう読めるのは、我が身を振り返ってみると、思い当たる中身があるからでもある。振り返って、たとえばポール・ニザンが『アデン・アラビア』の冒頭に、「その時、僕は二十歳だった。それが人生でもっとも美しい時だなんて誰にもいわせない」と書いたフレーズは、あまりにも有名だ。さて、読者諸兄姉の二十歳のときは、どんなふうだったでしょうか。私は、もう一度「あの黒い時代」に帰ってみたいような気になりました。『陶の耳飾り』(1963)所収。(清水哲男)


November 13112002

 枯菊と言い捨てんには情あり

                           松本たかし

語は「枯菊(かれぎく)」で冬。アイルランド民謡に「The Last Rose of Summer」があり、日本では「埴生の宿」の作詞者でもある里見義が翻案して「庭の千草」とした。千草も虫の音も絶えてしまった寂しい庭に、ひとり遅れて咲いた白菊の花を感傷した歌だ。一番ほどには知られていないが、里見が書きたかったのはむしろ二番のほうだろう。「露にたわむや 菊の花/しもに おごるや 菊の花/ああ あわれ あわれ/ああ 白菊/人のみさおも かくてこそ」。この「ああ あわれ あわれ」が、季語「枯菊」の本意に込められた情感である。里見はこの情感を「人のみさお」のありように敷衍しているが、いささか説教くさい。対するに掲句の作者は、あくまでも枯れてもなおそこにある菊の美しさ(美の余韻)のみを言うにとどめている。そこに「あわれ」の情に溺れぬ潔さがある。ここで「情(なさけ)」とは、風情の意味だ。……と、私は読んだのだけれど、むろん俳句の読みに唯一無二の正解はない。あるいは「庭の千草」のように「人間も同じこと」と解釈する人がいても、間違いとは言えないし不思議ではない。虚子の「枯菊に尚或物をとどめずや」が、掲句の影響で詠まれたと指摘したのは山本健吉だが、虚子句は掲句よりもぐんと「庭の千草」寄りのような気がする。つまり、虚子は掲句を解釈する際に、枯菊そのものに宿る美の外に「或物」の存在を感じていたことになるからだ。『合本俳句歳時記』(1997・角川書店)所載。(清水哲男)


November 12112002

 冬蝶の日向セルロイドの匂ひ

                           櫛原希伊子

春日和の庭に、どこからともなく蝶が飛んできた。成虫のまま越年する蜆蝶などもいるから不思議ではないけれど、さすがに飛び方は弱々しい。蝶もはかなげなら、蝶を招いた「日向」もはかなげである。見ているうちに、ふっと作者は「セルロイドの匂ひ」を感じたと言うのである。セルロイドはその昔、玩具の人形などによく使われたから、とくに女の子にとっては匂いも忘れられないだろう。青い目の人形は「アメリカ生まれのセルロイド」という歌もあった。余談ながら、男の子の玩具にはブリキ製が多かったので、匂いではなくて触感として残っている。でも、男の子にもセルロイドの匂いがわかっているのは、下敷きなどの文房具に使用されていたためだ。さて、掲句のユニークなところは、冬蝶のいる日向全体の雰囲気をよく伝えるために、視覚ではなく嗅覚をもって押さえたところだと思う。それも実際の場所には存在しない記憶の中の匂いだから、こちらも冬蝶のいる日向のようにはかなげである。はかなげではあるが、しかし、多くの人が懐しくよみがえらすことのできる匂いという意味では、強い説得力を持つ。すなわち、人には臭覚を通じたほうが、情景がよりよく見えてくるということも起きるということ。五官の区別は便宜的なものであって、私たちは目だけで物をみたり、鼻だけで匂いをかいだりしているのではないということですね。『きつねのかみそり』(2002)所収。(清水哲男)




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