November 202002
手袋にキップの硬さ初恋です
藤本とみ子
現 在のやわらかいキップ「軟券」に対して、昔の硬いキップは「硬券」という。改札で、パチンと鋏を入れてもらったアレだ(写真参照)。「手袋」をしていても、確かにキップの硬さが掌に感じられた。それを「初恋です」と言っているわけだが、現在進行形の初恋ではなくて、昔のことを思い出している。しかし「初恋でした」と言わないのは、作者が当時の少女の気持ちにすっかり戻っているからなのだ。そして、このキップの硬さには、二つのニュアンスが重ねられているのだと思う。一つは、初恋を覚えたころの時代背景を硬券に代表させ、もう一つは、手袋を通した硬い感触の心もとなさを表現している。きっと、毛糸の赤い手袋だろうな。具体的なシチュエーションはわからないけれど、電車の中で硬いキップを握りしめ、ずうっとその人のことを想っている少女の純情は伝わってくる。想っただけで緊張する思春期特有の心身のありようも、また手袋を通したキップの硬さに通じているようだ。いまのように、高校生が町中を堂々とペアで歩けるような時代ではなかった。でも、そんなころの初恋のほうが、いつまでも甘酸っぱい思い出として新鮮に蘇りつづけるのではなかろうか。これぞ、まさに「初恋です」。いい句です。『現代俳句歳時記』(1989・千曲秀版社)所載。(清水哲男)
『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます
|