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January 1712003

 風花や貌あげて鳴くとりけもの

                           長篠旅平

語は「風花(かざはな)」で冬。晴天にちらつく雪。誰が名づけたのか、美しいネーミングだ。盛んに使われるようになったのは、明治以降という。風花が来ると、人は「ああ」と言うように空を仰いで、しばらく見つめる。風花に「とりけもの」が反応するかどうかは別問題として、そういえば、彼らが「鳴く」ときは「貌(かお)あげて」いることに思いがいたった。でも、人は貌をあげても鳴かない。あるいは、泣かない。しかし、彼らと同じ動物としての人は、やはり同様に、声にこそ出さないけれど、貌をあげて鳴いている(泣いている)のではなかろうか。それが本来かもしれないと、すっと「とりけもの」にシンパシーを感じた一瞬だろうと読めた。このときに「とりけもの」の表記が「鳥獣」であれば、むしろ違和感を与えるところだが、平仮名にすることによって、気持ちが彼らに溶け込んでいる。外国語には翻訳できない日本語ならではの妙と言うべきか。ところで、句の解釈とは直接の関係はないが、この「けもの」という言葉を、私たちが日常的にまったくと言ってよいほど使わないのは、何故だろう。「とり」は使うし「さかな」も使う。「はな」や「くさ」や「き」も、頻繁に使う。何故「けもの」だけが別扱いというのか、まるで文語のようになってしまっているのか。とても気になる。『今はじめる人のための俳句歳時記』(1997・角川mini文庫)所載。(清水哲男)




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