二十余年に及んだ連日のスタジオ生活を今月で打ち止めにする。よくしゃべつたもんだ。




2003ソスN3ソスソス1ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

March 0132003

 桜餅三つ食ひ無頼めきにけり

                           皆川盤水

まりに美味なので、ついたてつづけに「三つ」も食べてしまった。で、いささか無法なことでもしでかしたような、狼藉を働いたような感じが残ったというのだろう。和菓子は、そうパクパクと食べるものではない。食べたって構わないようなものだが、やはりその姿を楽しみ、香りを味わい賞味するところに、他の菓子類とは違う趣がある。「葉の濡れてゐるいとしさや桜餅」(久保田万太郎)という案配に……。しかし、こんなことを正直に白状してしまっている掲句は、逆に「無頼」とは無縁な作者のつつましい人柄を滲ませていて、好もしい。こうした体験は、誰にでも一度や二度はあるのではなかろうか。大事にしていた高級ブランデーを、つい酔いにまかせてガブガブ飲んじゃったときとか、ま、後のいくつかの例は白状しないでおくけれど、誰に何を言われる筋合いはなくても、人はときとして自分で勝手に「無頼」めき、すぐに反省したりする。そこらへんの人情の機微が的確に捉えられていて、飽きない句だ。なお余談ながら、一般的に売られている桜餅は、一枚の桜の葉を折って餅を包んであるが、東京名物・長命寺の桜餅は大きな葉を三枚使い、折らずに餅が包んである。『随處』(1994)所収。(清水哲男)


February 2822003

 二月尽雨なまなまと幹くだる

                           石原舟月

語は「二月尽(にがつじん)」で春。といっても、独立させてこの項目を持つ歳時記は、めったにない。たいていは「二月」の項目に、附録みたいにくっつけてある。それというのも、「二月尽」が使われはじめたのは昭和の初頭くらいからで、かなり新しい季語だからだ。昔の人は陰暦で暮らしていたので、二月が終わることになっても、格別の情感は浮かばなかったろう。ちなみに、今年の陰暦二月の入りは陽暦三月三日だし、尽きる日は四月一日だ。梅も散って桜が咲くのが、昔の二月というわけで、もう仲春だった。ところが、明治初期に陽暦が採用されてからは、春は名のみの寒い月となり、明日から春三月と思うことに、特別な感情が徐々に加わるようになる。徐々にというのは、生活に陽暦感覚が定着するまでには長い時間がかかったという意味で、ようやく根づいたと言えるのは、この季語がおずおずと顔を出した昭和の初期ころだったと思われる。すなわち新季語「二月尽」には、本格的な春の訪れも間近だという期待が託されている。別の季語に翻訳すれば「春隣」に近いだろう。掲句のキーワードは「なまなまと」の措辞だが、そっけない寒期の雨とは違って、なまなましくも親しみを覚える雨である。陽春近しと微笑する作者の姿が、重なって見えてくる。『俳諧歳時記・春』(1968・新潮文庫)所載。本書は「二月尽」の独立項目を持つ。(清水哲男)


February 2722003

 うき友にかまれて猫の空ながめ

                           向井去来

語は見当たらないが、句の全体的な意味から「猫の恋」で春。「うき友」は「憂き友」。憎からずおもっていた相手に近寄っていったら、凄い剣幕で「か(噛)まれて」しまった。その後の猫の様子を詠んでいる。失恋だ。何が起きたのか、何故噛まれたのかもよくわからず、ぼおっと空を眺めている猫の姿は、どこか佃公彦あたりの漫画にも通じるようなユーモアを感じさせる。おおかたの現代人はこう読むだろうし、それでもよいのだけれど、生真面目な去来の本意としては、もう少し深刻に読んでほしいというところがあったかもしれない。というのも、本来「ながめ」とは遠くを見渡すことよりも、見つめながら「物思いにふけること」を一義としたからだ。「わが身世にふるながめせしまに」など。つまり、この猫は単に呆然と空を眺めているのではなく、失恋した人間と同じように物思いにふけっているというわけで、一歩も二歩も猫の内面に踏み込んでいる。さぞや苦しかろうと、作者は感情移入しているのだ。こう読んでみると、ユーモアよりもペーソスが滲み出てきて、句の姿はがらりと変わってしまう。となれば、この句、実は猫に託して自分のことを詠んだのではないか。うがち過ぎではあろうが、そんなふうに読んだとしても、いちがいに誤読だとは言えないと思う。『猿蓑』所載。(清水哲男)




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