余白句会。今回は珍しくゲストなし。兼題は「三月」「干潟」「花粉症」「道」と難題。




2003N38句(前日までの二句を含む)

March 0832003

 哲学科に入学の甥と詩の話

                           森尻禮子

語は「入学」で春。どんな話をしたのだろう。いささか気にはなるけれど、話の中身は作者が言いたいこととは、ほとんど関係はない。「哲学科」と「詩」との取りあわせから、何か生硬な言葉で「甥」が熱心に話している姿が想像できる。句としては、それで十分だ。掲句で作者が言いたいのは、彼の急速な成長ぶりである。ついこの間までは、ほんのちっちゃな子供でしかなかったのに、いつの間にか、こうして大学生になり、しかも詩の話までできるようになった。話はひどく理屈っぽいにしても、その理屈っぽさがとても嬉しく喜ばしいと、作者は目を細めている。身内ならではの感懐である。かつての私も一応「哲学科」に籍を置き「詩」を書いていたので、この「甥」の立場にあったわけだ。幸いにして(?!)、詩のことを話せる伯母(叔母)さんはいなかったのだが、この句に出会ったときには、赤面しそうになった。身内以外の人になら、いくらでも生硬な言葉で話したことがあるからだ。難解な言葉に憧れ、覚えるとすぐに使ってみたくなるのだった。その点で、哲学科は難解語の宝庫だからして、仕入れには困らなかった。西田幾多郎や田辺元の文章をせっせと引き写したノートの一冊を、まだ残してある。青春のかたみという思いもあるにはあるが、何事かを語るに際しての自戒のためという気持ちのほうが強い。『星彦』(2001)所収。(清水哲男)


March 0732003

 袂より椿とりだす闇屋かな

                           多田道太郎

語は「椿」で春。われらが「余白句会」で高点を得た句だ。私も、一票を投じた。「闇屋」とは、敗戦後の混乱期に統制品などをどこからか手に入れてきて、高価で売りさばいた商人のこと。私は映画でしか知らないのだが、なぜかみな彼らは羽振りがよいことになっている。実際を知っている世代の小沢信男さんによれば、いわゆる「担ぎ屋」のおじさんなどとは違って、凄みのある男どもというイメージだったという。その凄みのある男が、さっと「袂」に手を入れたのだから、何か怪しげな物でも出てくると思うのが普通だ。が、意外や意外。取りだされたのは、可憐なる「椿」一輪。瞬間、その場に居合わせた人は、息を呑んだのではあるまいか。これは闇屋の演出なのか、それとも商売とは無関係な仕草だったのか。知る由もないけれど、この後で、人々はまじまじと男の顔を見つめたことだろう。この男は、いったいどういう人間なのか、と。「闇屋かな」の「かな」には、そんな思いと光景が込められていて秀抜だ。ところで、椿といえば、正木浩一句集『槇』(1989・ふらんす堂)に、次の一句がある。「椿咲くうしろ暗きを常として」。ここで掲句に戻り「ははあ……」と思うもよし、思わぬもよし。『多田道太郎句集』(2002・芸林書房)所収。(清水哲男)


March 0632003

 長閑さや鼠のなめる角田川

                           小林一茶

隅田川
語は「長閑(のどか)」で春。「角田川」は隅田川のことで、「すみだがわ」の命名は「澄んだ川」の意からという。川端を散策していると、ちっぽけな鼠が一心に水を飲む姿が、ふと目にとまった。いかにも一茶らしい着眼で、「ほお」と立ち止まり、しばらく見守っていたのだろう。警戒心を解いて水を飲む鼠の様子は、それだけでも心をなごませるものがある。ましてや、眼前は春風駘蕩の大川だ。小さな営みに夢中の鼠の視座から、視界を一挙に大きく広げて、ゆったりと陽炎をあげて流れる水面を見やれば、長閑の気分も大いにわきあがってこようというものである。小さなものから大きなものへの展開。無技巧に見えて、技巧的な句と読める。角田川と言えば、正岡子規に「白魚や椀の中にも角田川」があり、こちらは大きなものを小さなものへと入れてみせていて、もとより技巧的。比べると、企みの度合いは子規のほうがはるかに高く、この抒情はやはり近代人ならではのものだと思われた。同じ「角田川」でも、一茶と子規の時代では景観もずいぶんと違っていたろうから、そのことが両者の視座の差となってあらわれているとも考えられる。図版は、国立歴史民俗博物館所蔵の江戸屏風絵の部分。うわあ、当時の川は、こんなふうだったんだ。とイメージして一茶の句に戻ると、私の拙い読みなどはどこかに吹っ飛んでしまい、まこと大川端の長閑さが身体のなかに沁み入ってくるようだ。「一枚の絵は一万語に勝る」(だったと思う)とは、黄金期「少年マガジン」のキャッチフレーズであった。(清水哲男)




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