譟エ蟠惹ク驥阪ョ句

March 2832003

 弟と日暮れを立てば鐘霞む

                           柴崎七重

語は「霞(かすみ)」で春。「霞」は明るい間のみに使い、夜になると「朧(おぼろ)」である。「立つ」には一瞬戸惑ったが、たたずむのではなく、「出立」の「立つ」であり「発つ」の意だろう。成人した姉と弟。この二人がいっしょに旅立つなどは、めったにないことだ。小津安二郎の『東京暮色』ではないが、葬儀か法事のために、久しぶりに故郷で顔を合わせた。が、どちらも仕事を持っているので、そうそうゆっくりとしてもいられない。帰る方向は途中まで同じだから、いっしょの汽車に乗ろうという話になり、そそくさと出発した。そんな状況が想像される。二人とも、懐かしい故郷にいささか後ろ髪を引かれる思いで帰りかけたところに、これまた懐かしい寺の鐘が響いてきた。折りしも、春の夕暮れだ。それでなくとも感傷的な気分になっているところに、思いがけない追い打ちの鐘の音である。それもぼおっと霞んだように聞こえるのは、もとより作者の心が濡れているからである。幼かったころのあれこれが偲ばれ、今度はいつ来られるだろうかなど、口にこそ出さないけれど、二人の思いは同じである。ただ黙々と歩いている。物語性に味わいのある句だ。ただ、変なことを口走るようだが、二人の関係が姉と弟であるがゆえに、句になったということはあるだろう。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)




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