April 012003
ハーモニカ白布に包み渡り漁夫
山本 源
季 語は「渡り漁夫(「やんしゅう」とも)」で春。ニシンの漁期になると、東北地方の農民が出稼ぎに、ぞくぞくと北海道へ渡った。海の季節労働者だ。いまでは、ニシン漁もすっかり衰退してしまったという。が、「渡り漁夫携帯電話夜な夜なの」(菊池志乃)という句があることからすると、出稼ぎの人がいなくなったわけではないようだ。掲句は、まだ携帯電話などがなかったころの作。淋しさをまぎらわすための「ハーモニカ」を、その人は「白布に」包んでいる。どんなに大切にしている楽器かが、よくわかる。白布を解いて取りだすとき、吹き終わって包むときの仕草までが、目に浮かぶ。律義で真面目な人柄なのだ。その人の吹いた曲は、童謡だろうか、歌謡曲だろうか。きっと、とても哀切な響きを漂わせたことだろう。それでなくとも、ハーモニカの音色には哀愁がある。比較的安価な楽器ではあるけれど、安価だけでは人気を得ることはできない。やはり、日本人のウエットな心情にぴたりとくる音色が出るから、一時の流行もあったわけだ。掲句は、その人が吹いている情景を詠まずして、吹いている情景や心情も伝えているのであり、さらにはこの小さな楽器の持つ魅力の源泉も伝えている。ちなみに、図版は現在3800円で市販されているごく普通の21穴式。ひさしぶりに、吹いてみたくなった。私の扱える楽器は、ハーモニカしかない。『新日本大歳時記・春』(2000・講談社)所載。(清水哲男)
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