カミュの『異邦人』が読まれたのは半世紀前。いまや不条理は世界を跋扈している。




2003ソスN4ソスソス24ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

April 2442003

 囀りや良寛の寺手鞠売る

                           山田春生

敷市玉島にある円通寺での句だと、作者の弁にあった(「俳句」2002年10月号)。若き日の良寛が修業をした寺として知られる。近くの茶店では五色の糸でかがった美しい「手鞠(てまり)」が売っていて、折りからの鳥たちの「囀(さえず)り」と見事に明るく調和している。旅の春を満喫している句だ。良寛は子供たちと遊ぶために、いつも手鞠とおはじきを持っていたと伝えられてはいる。が、それは越後に戻ってからのことで、円通寺で鞠つきなどはしなかったろう。だから、ここの茶店で手鞠を売るのも変な話なのだが、ま、これ以上は言うだけヤボか。さて、幕が上がると、舞台ではひとり良寛が竹箒でそこらへんを掃いている。そこへ四、五人の女の子がばらばらっと登場して「良寛さん、遊ぼうよ」と口々に言う。と、すぐに箒の手を止めた良寛が「よしよし」と言いながら袂から手鞠を取りだした……。その良寛は小学四年生の私であり、女の子は同級生だった。懐しくも恥ずかしい学芸会の一齣だ。忘れたけれど、五色の手鞠などあるはずもないから、取りだしたのはゴムマリだったのだろう。むろん良寛の何たるかを知るはずもなく、先生の言うとおりに演じただけで、もう全体のストーリーも覚えていない。放課後に残されての練習のおかげで、上手くなったのはマリつきくらいだ。ところで、実は明日、その良寛の故郷を余白句会の仲間と訪ねることになっている。かつての子供良寛の目に、何が見えるのだろうか。楽しみだ。(清水哲男)


April 2342003

 春風や公衆電話待つ女

                           吉岡 実

電話ボックス
まから六十数年前、昭和初期の句。このことを念頭に置かないと、句の良さはわからない。現代の句としても通用はするけれど、あまりにありふれた光景で、面白味には欠けてしまう。写真(NTT Digital Museumより転載)は、当時の公衆電話ボックス。東京市内でも、せいぜい数十ヶ所にしかなかったようだが、明治期の赤塗り六角型のボックスよりも、はるかに洗練されたモダンなデザインだ。で、この前で待っている「女」は、流行の先端を行くモガ(モダンガール)か、あるいは良家の子女だろうか。とにかく、電話をかける行為は、普及度の低かった昔にあって、庶民には羨ましい階層に属していることの証明みたいなものだった。美人が電話をかけているというだけで人だかりができた時代もあったそうだが、それは明治大正の話としても、まだそんな雰囲気は残っていた時の句である。要するに、この句はとてもハイカラな情景を詠んでいるのだ。そよ吹く「春の風」とお嬢さんとの取り合わせは、見事にモダンに決まっていたにちがいない。作者ならずとも、通りかかった人はみな、ちらりちらりと盗み見たことだろう。吉岡実は現代を代表する詩人で、十代から俳句や短歌にも親しみ、詩に力を注いだ後半生にも、夫人によれば句集を開かなかった日はほとんどなかったという(宗田安正)。『奴草』(2003・書肆山田)所収。(清水哲男)


April 2242003

 《蝶来タレリ!》韃靼ノ兵ドヨメキヌ

                           辻貨物船

まどき「韃靼(だったん)ノ兵」と言ってもリアリティはないけれど、かつての韃靼兵(モンゴル兵)は勇猛果敢をもって天下に鳴り響いていた。いや、勇猛果敢というよりも残虐非道性で群を抜いており、ヨーロッパ人は彼らを地獄(タルタルス)からの使者とみなして怖れたという。すなわち、韃靼は「タルタル、タタール」の音訳だ。そんな怖れを知らぬ地獄の軍団が、一匹の蝶の出現にどよめいたというのである。暴力装置として徹底的に鍛え抜かれた荒くれ男どもにも、こんなに柔らかい心が残っているのだと言ってみせたところが、いかにも抒情詩人・辻征夫(俳号「貨物船」)らしい。カタカナ表記にしたのは、読者に漢文の読み下し文を想起させ、遠い歴史の一齣であることを暗示したかったのだろう。掲句は、言うまでもなく安西冬衛の次の一行詩「春」を踏まえたものだ。「てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた」。このことについては、小沢信男が簡潔に書いているので引用しておく。「颯爽たる昭和モダニズムの記念塔。現代詩の辺境をひらいた先達へ、ざっと七十年をへだてて世紀末の平成から、はるかに送るエール。その挨拶のこころこそが、俳諧に通じるのではないか」。なお、この句は萩原朔太郎賞受賞記念として建てられた碑に刻まれている。朔太郎ゆかりの広瀬川河畔(前橋文学館前)に、細長く立っている。「広瀬川白く流れたり/時さればみな幻想は消えゆかん。……」(朔太郎)。『貨物船句集』(2001・書肆山田)所収。(清水哲男)




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