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April 2542003

 春宵の外郎売の台詞かな

                           藤本美和子

舞伎を観ての句だろう。「外郎売(ウイロウうり)」は歌舞伎十八番の内で、1718年(亨保3年)森田座にて2代目市川団十郎が外郎売の物真似を雄弁に演じた事がはじまりと言われる。演じる役者には、立板に水というよりも、立板に瀧のような弁舌が要求される。中身は外郎(名古屋名産の「ウイロウ」ではなく薬の名前)を売る行商人の宣伝文句だから、かなりいい加減で怪しいのだけれど、それを承知で騙されてみる楽しさが「春宵」の気分とよくマッチする。とにかく、楽しいなあという句だ。いまではあまり上演されないようだが、この「台詞(口上)」は滑舌(かつぜつ)のトレーニング用として、役者やアナウンサーなどの訓練に、いまでもごく日常的に使われている。これを知らない芸能人や放送人は、一人もいないだろう。サワリの部分を紹介しておきますので、声に出して読んでみてください。案外と、難しいものです。「さて此の薬、第一の奇妙には、舌のまわることが銭独楽が裸足で逃げる。(中略)アカサタナハマヤラワ、オコソトノホモヨロヲ、一つへぎへぎに、へぎほしはじかみ、盆まめ、盆米、盆ごぼう、摘蓼、摘豆、摘山椒、書写山の社僧正、粉米のなまがみ、粉米のなまがみ、こん粉米のこなまがみ、繻子、ひじゅす、繻子、繻珍、親も嘉兵衛、子も嘉兵衛、親かへい子かへい、子かへい親かへい、ふる栗の木の古切口。雨合羽か、番合羽か、貴様のきゃはんも皮脚絆、我等がきゃはんも皮脚絆、しっかわ袴のしっぽころびを、三針はりなかにちょと縫うて、ぬうてちょっとぶんだせ、かわら撫子、野石竹。のら如来、のら如来、三のら如来に六のら如来。一寸先のお小仏に、おけつまずきゃるな、細溝にどじょにょろり。京の生鱈奈良なま学鰹、ちょっと四五貫目、お茶立ちょ、茶立ちょ、ちゃっと立ちょ茶立ちょ、青竹茶筅で、お茶ちゃっと立ちゃ。……」。「俳句研究」(2000年5月号)所載。(清水哲男)


April 0342010

 花時の赤子の爪を切りにけり

                           藤本美和子

すももいろがほわっと広がる、まさに今頃だろう。〈春満月生後一日目の赤子〉〈嬰児の臍のあたりの日永かな〉に続いての一句なので、生まれたばかりの赤ちゃんとわかるが、一句として読んでも、桜の頃のその赤ちゃんの頬の色、花びらよりも小さな小さな爪、やわらかな風、そんなあれこれが見える。そして、その一連のふわふわ感で終わってしまわずに、切りにけり、と文字通りきっちり切ることで、花時の茫洋とした空気がよりいっそう感じられる一句となった。赤ちゃんの爪を切るのは一苦労、と言うが、私がまだ言葉らしい言葉を発していなかったほどの赤ん坊だった時、母がつい深爪をしたとたん「イタイ」と言ったらしい。「あなた、最初にしゃべった言葉が、イタイ、だったのよ。昔からちょっとおかしな子だったわね」だそうだ。『天空』(2009)所収。(今井肖子)


May 2952012

 かかへくるカヌーの丈とすれちがふ

                           藤本美和子

ヌーが季語として認知されているかは別として、ヨットやボートと同じく夏季、ことに緑したたる初夏がふさわしい。万緑を映した川面を滑るように進む姿には、なんともいえない清涼感がある。人間ひとりを収め、水上にすっきりと浮いているカヌーも、陸にあがれば意外に大きいものだ。カヤック専門店のオンラインストアで確認すると、軽くてコンパクトと書かれる一人乗りカヌーの全長が432センチとあり、たしかに思っていたよりずっと長い。水辺まで運ばれる色鮮やかなカヌーに気づいてから、長々と隣り合い、その全長をあらためて知る作者は、水上の軽やかな姿とは異なる、思いがけない一面を見てしまったような困惑もわずかに感じられる。水の生きものたちが、おしなべて重量を気にせず大きくなったものが多いことなどにも思いは及んでいくのだった。〈新しき色の加はる金魚玉〉〈たそがれをもて余しをる燕の子〉『藤本美和子句集』(2012)所収。(土肥あき子)


July 2872012

 炎天のふり返りたる子どもかな

                           藤本美和子

天の句でありながら不思議と、ぎらぎらと暑くてどうしようもないという感覚よりも、ふり返ったその子の背景にいつか見た青空と雲の峰が広がってくるような、なつかしさ感じさせる。切り取られた一瞬から遠い風景が思い起こされるのは、炎天の、の軽い切れのためか、ふり返る、という言葉のためか、夏という季節そのもののせいなのか。同じ作者に〈炎天のかげりきたれる辻回し〉という祇園祭を詠んだ句もあり、こちらはまさに酷熱の日中の空、昨年訪れた祇園祭の熱気と活気を思い出させる。いずれの句にも、確かな視線から生まれた饒舌でない投げかけが、余韻となってじんわりと広がってくるのを感じる。『藤本美和子句集』(2012)所収。(今井肖子)




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