June 012003
冷し中華運ぶ笑顔でぞんざいで
星川佐保子
最近はあまり見かけなくなったが、以前は食堂の表に「冷し中華はじめました」とか「生ビールはじめました」などの張り紙が出た。これを見ると、夏近し……。なんとなく明るい気分になったものだ。「冷し中華」を季語として採用している歳時記はまだ少ないけれど、これから編まれるものには不可欠な項目となるだろう。掲句の舞台は、既に夏の盛りの大衆的な食堂だ。混みあっている雰囲気を、よく伝えている。注文した冷し中華の皿を、女店員がまことに「ぞんざいに」卓上に音立てて置いたのだ。思わずもムッとして顔を見上げると、そこにあったのは屈託のない笑顔だった。これじゃ、憎めない。見るともなく見ていると、彼女はどのテーブルにも同じような調子で運んでいる。こうしたところの店員のマナーの悪さは、いまにはじまったことではないけれど、あくまでも笑顔を絶やさずに運んでいるのだから、彼女に悪気はないのである。むしろ、活気のある働き者なのだ。この明るいぞんざいさも、また夏の風物詩。と、作者が思ったかどうかは知らないが、私にはそんなふうに写る。こんな句もあった。「ヘルメット冷し中華の酢に噎せる」(後藤千秋)。食べるほうにしても、これだ。冷し中華をしみじみ味わおうなんて客は、そんなにいないのではあるまいか。ほとんどが、ぞんざいに食べている。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)
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