近辺で、どんどんマンションが建っている。他人事ながら売れるのかと心配になる。




2003ソスN6ソスソス23ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

June 2362003

 ハンカチをきつちり八つに折り抗す

                           後藤綾子

語は「ハンカチ」で夏。どのような状況で、誰に(あるいは、何に)対して「抗」しているのかは、わからない。が、作者の抗議の姿勢はよくわかる。普段は慣れもあって、なんとなく折り畳んでいるハンカチを、このときにはことさらに丁寧に「八つ折り」にした。意識的に、寸分の乱れもないように「きつちり」と折ったのだ。その必要以上の馬鹿丁寧さが、怒りをこらえた作者の心情を見事に具現している。感情を爆発させるのではなく内側に押しとどめ、相手が人間であれば、なおかつ相手にもわからせる仕草というものがある。押し黙ってこいつをやられると、相手にはだんだんボディブローのように効いてくる。女性に特有の遠回しの感情表現法とでも言うべきか。男としては、実にコワい。ところで話はころりと変わるが、欧米では日本のように、女性が手を拭いたり汗を拭うための実用的なハンカチは持ち歩かない。ヨーロッパではあくまでも洟をかむためのものだし、アメリカやカナダではそもそも最初から持つ習慣がない。私の番組の相棒だった女性がカナダ育ちで、あるとき不思議そうに「なんで、みんなハンカチ持ってるんですか」と聞かれて、思わず「えっ、君は持ってないの」と聞き返した覚えがある。掲句を翻訳するとしたら、日本のハンカチ使いの習慣を註記しておく必要がありそうだ。『綾』(1971)所収。(清水哲男)


June 2262003

 姥捨の梅雨の奥なる歯朶浄土

                           櫛原希伊子

捨(うばすて)伝説にもいくつかあるが、掲句の背景にある話は『大和物語』のそれだろう。この話が、なかでいちばん切なくも人間的だ。「信濃の国に更級といふところに、男住けり。若き時に親死にければ、をばなむ親の如くに、若くよりあひ添ひてあるに、この妻(め)の心いと心憂きこと多くて、この姑(しうとめ)の老いかがまりてゐたるをつねに憎みつつ、男にもこのをばの御心(みこころ)さがなく悪しきことを言ひ聞かせければ、昔のごとくにもあらず、疎(おろ)かなること多くこのをばのためになりゆきけり」。かくして妻の圧力に抗しきれなくなった男は、ある月夜の晩に養母を騙して山に置き去りにしてしまう。が、一夜悶々として良心の呵責に耐えきれず、明くる日に迎えに行ったという話だ。当然といえば当然だけれど、この話を、男は捨てた「男」に感情移入して受け取り、女は捨てられた「女」の身になって受け取る。子供でも、そうだ。掲句でもそのように受け止められていて、どんなところかと訪ねていった捨てられた場所の近辺を、さながら「浄土」のようだと素直に感じて、ある意味では安堵すらしている。それも、いちめん「歯朶(しだ)」の美しい緑に覆われたところだ。「梅雨の奥」のあたりには神秘的な山の霊気が満ちていて、とても人間界とは思えない。「捨てられるならここでもいいか、とふと思う」と自註にあった。『櫛原希伊子集』(2000)所収(清水哲男)


June 2162003

 梅雨の月金ンのべて海はなやぎぬ

                           原 裕

語は「梅雨の月」。降りつづく雲間に隠れていた月が、ふっと顔を出した。すると、真っ暗だった海の表が「金(き)ン」の板を薄く延べ広げたように「はなや」いで見えたのだった。あくまでも青黒い波の色が金箔に透けて見えていて、想像するだに美しい。「はなやげり」とはあるが、束の間の寂しいはなやぎである。句を読んですぐに思い出したのは、小川未明の『赤いろうそくと人魚』の冒頭シーンだった。「人魚は、南の方の海にばかりすんでいるのではありません。北の海にもすんでいたのであります」。と、書き出しからして、寂しそうな設定だ。「北方の海の色は、青うございました。あるとき、岩の上に、女の人魚があがって、あたりの景色をながめながら休んでいました。/雲間からもれた月の光がさびしく、波の上を照らしていました。どちらを見てもかぎりない、ものすごい波が、うねうねと動いているのであります。……」。どこにも梅雨の月とは書いてないけれど、この物語の不思議で寂しい展開からして、梅雨の月こそが似つかわしい。そして、掲句の海の彼方のどこかから、こうして人魚がこちらを見ていると想像してみると、いかにも切ない。そんな想像を喚起する力が、句にそなわっているということだ。なお「金ン」としたのは、「金」と書いても「カネ」と誤解する読者はいないだろうが、やはり文字面からちらりとでも「カネ」と読まれることを排したかったのだろう。『新日本大歳時記・夏』(2000)所載。(清水哲男)




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