August 132003
盆芝居婆の投げたる米袋
沢木欣一
季語は「盆芝居」で秋。句は、歌舞伎座で行われる「盆狂言」などの立派な舞台ではなく、田舎の小屋掛け芝居だ。どさ回りの一座がやってきて、一夜だけ怪談劇や人情噺を演じて去っていく。私の子供時代には、お盆の時期がいわば村の娯楽週間であり、盆踊りに野外映画会、漫才や浪曲の集い、そして盆芝居と、いろいろなイベントにワクワクしたものだ。芝居の時には夕暮れを待ちかねて早くから出かけ、舞台作りから見た。トラックから背景や大道具小道具が降ろされ、だんだんと舞台がそれらしくなっていく様子を飽かず眺めたものだったが、私など子供にとっては、もう準備それ自体が芝居だったと言ってよい。そしていよいよ芝居がはじまると、掲句のような情景が見られた。いわゆる「おひねり」をにわか贔屓になった役者めがけて投げるわけだが、この「婆」は現金ではなくて小さな「米袋」を投げている。お婆さんにしてみれば、何も投げない芝居見物は淋しかったのだろう。といって自由になる小遣いはないので、家を出る前に一所懸命に考えて、あらかじめ用意してきたのだ。泣けてくるようなシーンである。私の田舎では、入場料は無料だった。芝居がかかると決まると、集落ごとに寄付金を集めて興行料をまかなったからである。小屋の周囲には寄付した家の名前と金額がずらりと張りだされたが、我が家の名前はいつもなかった。『新版・俳句歳時記』(雄山閣出版・2001)所載。(清水哲男)
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